第49話
「幸、次の園遊始で破邪の馬もう一回やってもいいよ。そしたら熾にい様も御役上がりになれて、御子神として認められるんでしょ。」
「おや…熾津火子様に聞いたのかい。」
「うん。ねえ、破邪の馬ってほんとにみんな下手だった?」
「ははは。ちょっと声を小さくしようか。ね。」
楠木さんに抱っこされながら、さっちゃんは賑やかな宴席を見遣り、得意げににやりと笑う。ちらほらとこちらを見ている神様たちもいて、楠木さんは何度もさっちゃんを静かにさせようと抱き直す。
「まともにできた御子神なんていなかったんでしょ?でも幸、弓矢はけっこう上手にできたと思う。」
「そうだねぇ、お父様もびっくりだよ。」
「馬もちょっと興味あるなぁ。たぶんできると思うんだ。」
「お前なら本当にできるかもだねぇ…。」
「うん。両方できたら、幸は御子神の中でもとっても優秀ってことだよね?」
「はは…」
楠木さんは、力の抜けるようにはあ、と溜め息をついた。
「幸姫、お前は本当に優秀だよ。だけれどお父様はね、
「なんで?幸、きっと天子様のお役に立てると思う。」
「うん、きっととても重宝されるよ。お前みたいに出来のいいのは珍しい。」
「じゃあ幸もお勤めする~。熾にい様にまた会えるかな。」
「熾津火子様は、お前とは生まれが違うんだよ。高天原に出入りすることがお前の幸せとは、お父様は思わない。」
さっちゃんは、ぷくっと頬を膨らませて不服を現した。二倍にして言い返すだろうと思われたその時。
回廊で男神女神とすれ違った。
楠木さんはそのひとたちと少し話すけれど、やっぱり私とさっちゃんは一度も話しかけられない。
(…瑞葉様は、優しかったなぁ。)
まるで居ないものとして扱われている。じわじわと、瑞葉姫と熾津火子くんの柔らかい笑顔が心に沁みる。つい小さな溜め息を溢した。相手方に気取られたかと焦ってこわごわと様子を見ると、当然こちらを見るわけもなく、顔色も分かりにくい。どう思われているのかとどんよりする。
すると、さっちゃんが楠木さんの腕から降りて私の袖を引っ張った。
「お腹すいた。」
「さ、さ、さっちゃ…幸姫ぇ、もうちょっとだから」
「えぇ〜何か食べたい。」
「お話終わるまでよ、ね。待ってようね。」
「いつ終わるの?あーあ、熾にい様のお菓子」
「幸姫静かにしていなさい」
楠木さんの、聞いたことないような厳しい言い様にびっくりして、思わず「へ?」とこぼした。楠木さんの様子を見ようとして、ついでに女神男神の顔まで見えてしまって。恐怖で足が竦んだ。
ふたりは、さっちゃんを笑顔で凝視していた。
「熾ちゃんと、仲良しなのねぇ。」
女神が微笑みながらさっちゃんの顔を覗き込もうと首を傾げる。
「いいえ違います、先ほど行き交った折に少しご挨拶を。それだけです。」
「まあ、そうでしたか。」
女神の袖がさっちゃんの方へ動いたと思ったら、同時に楠木さんはさっちゃんを自分の背後に引っ張る。女神は美しい御衣の袖でさし示しながら言った。
「幸姫というのねぇ、あなたは。あちらのお菓子を持っていらっしゃいな。どれでも食べてよろしい。」
「お気遣いありがとうございます。生憎ですが急いでおりますので」
「何を急いでいらっしゃるのですか。園遊始はまだ始まったばかりですよ。」
男神もニコニコとさっちゃんの顔を見下ろしている。
なんなんだ、このやり取りは。
双方笑顔だし、とても和やかな声音なんだけれど。どうにも背中がゾワゾワする。空恐ろしい気分で、少し眩暈がしてきた。
まるで、刃物を突き付けられているかのよう。
「どうしたんだい」
「楠木さ…いえ、大丈夫」
「顔色が悪い、もう帰ろう。失敬、我が妻を休ませなければ。」
「あら…ごきげんよう。お大事に。」
最後にチラリと見えた女神と男神は、まるで狼かなにかの肉食獣のような目つきだった。さっちゃんを睨まれている気がして、さっちゃんの背後に立った。
そして一歩踏み出したところで、一瞬の間におへそのあたりに突き刺すような痛みを感じて気が動転する。声を絞り出して楠木さんの名を呼ぶと同時に、耐えきれず膝をついた。
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