第41話
出立前の広間に戻ってきた。
今は人影も無く広々としている。出立の時にご主人様が居ただろう薄布の向こう側も、今は誰も居ないようだった。
歩きながら取り留めなく話しているうちに、ふと思いついた。
「楠木さん、あのね。ご主人様ってこの冬も比羅坂の御殿にいらっしゃるんでしょう?」
「そうだと思うよ。」
「会いに行くのってできます?」
比羅坂の御殿ならここからならそう遠くもなかったように記憶していた。だけれど楠木さんは軽く首を振る。
「お声がかかればね。」
「そっか。高天原は、冬の間中いつもこんな静かなの?毎年?」
「主上のお取り計らいで行事もみな秋や春に移してから、賑やかなのは崑崙に出払ってしまうようになったね。」
崑崙丘の宴の華々しさを思うと、静まり返った紫微の垣は少し物悲しく思われた。
だけど多分いま、ご主人様は栴様とご一緒なんだろう。そのために行事の季節を移して、騒がしい神様たちは崑崙に預けて。そしてやっと訪れた冬にほっと肩の荷を降ろして、おふたりで穏やかに過ごしていらっしゃる。
天の神様の中でもとりわけ偉いお立場のご主人様が、唯一ゆっくりできる季節なんだなと理解した。
楠木さんの腕の中でさっちゃんが目を覚ました。
「ふにゅ。」
「あ、さっちゃん。おはよう。」
「おはよ。」
「おうちに帰ろうね。」
「うん。」
それから、あっという間に月日が流れた。
さっちゃんは、ある時期には急に背丈が伸びたり、そうかと思えばしばらく人の子みたいにゆっくり成長する時期もあった。かと思えば、時々前みたいに脱皮したり。
だけれども私は毎日喜んで手を叩くくらいで、せっかく西王母娘娘から直々に宣下いただいた世話役も、とくに苦労らしい苦労は何も無い。食べるものに好き嫌いもしないし。眠くなったら自分で寝るし。
やがて『そるふぁ』が『雪花』に変わって。
手足がすらりと伸び。
赤ちゃんらしさは段々と無くなっていった。
そうしてさっちゃんは七つになった。
背丈が私の腰のあたりを超えて、足もやっぱりすごく丈夫だ。森中を動物たちと走り回り、転げ回っては大笑いしている。
毎日が楽しい。止まらないおしゃべりを聞くのも、お腹空いたと騒いでまとわりついてくるのも、可愛くて。
あ、楠木さんどうしてるかって?大丈夫、ちゃんと仲良くやってる。楠木さんには感謝ばかりだ。私をこの子の世話役に選んでくれて、何不自由なく暮らせるようにしてくれている。
あ、それでいうと栴様もかな?ご主人様のところに連れてきてくれたのが始まりだし。
いやもっとそもそもは、崑崙丘のナントカ公主様が贈り物に私を選んだことに始まるんだろうけど。崑崙丘絡みは心臓に悪いから、あんまり思い出さないようにしてる。
毎日が穏やかで、幸せで、満たされている。
ずっとこんな毎日が続いたらいい。
そう思いながら空を見上げる。澄んだ青色の中を、立派な鳥が悠々と渡っていく。
今日も気持ちのいいお天気だ。
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