第39話
「おお、雪花…!」
「あ、お父〜ただいま。あ」
楠木さんが父と一緒に家に入ってきたので、ちょっと不意を突かれて変な声が出た。
「楠木さん、どうして?」
「父君と、山を検めてきたよ。」
「あっそうだお姉!すごいんだよ、今年は生り年も生り年でさ、山のものがわんさか採れたんだから!」
鶯の話を聞きながら、弟妹たちの抱えていた袋に納得する。みんなで山に入っていたのだ。
「楠木様のご温情のお陰だぞ。みんな御礼を申し上げなさい。」
父の言葉に弟妹たちは精一杯の礼をする。田舎の育ちで正しい礼儀作法なんて分からないんだけど、でも見様見真似で小さい子たちも膝をついて深々と頭を下げた。
楠木さんはにこにこと父に応える。
「よく手入れがしてあったからだ。これからもこまめに続けなさい。」
「ははっ。」
まるでお大尽様にでも対するように、父はかしこまって返事をした。あんまり頭を上げないので、ちょっとしーんと静まり返る。
「お父、あの」
「雪花…立派なものを着せていただいて…」
「おとう?」
すでに涙声の父を見てさっちゃんが呟いた。父はさっちゃんを見て目を見張る。
「この人がね、私のお父さん。」
「おとうしゃん。」
「さっちゃんのお父様は楠木さんね。」
「くしゅきしゃん。」
「お父様ね。」
「くしゅきしゃん。」
やっぱりダメだったかと苦笑いしていると、父は更に嗚咽混じりに感嘆をあげる。
「なんと賢しげな…!雪花にこのように素晴らしい娘御様のお世話をさせていただけていたとは、なんと名誉なことか、言葉もございません…!」
「え?あ、ふふ…」
ちょっと傷心だろうに、楠木さんは父に気遣ってくれているのだろう、笑顔でごまかす。
「雪花は粗相をしておりませんでしょうか。」
「とんでもないことだ。雪花にはいつも助けられている。娘は雪花にとても懐いているよ。」
「畏れ多いことでございます、娘が貴神の御子にお仕えすることは我が家の誉れ、先祖諸共喜び涙していることでしょう。今は亡きこれの母も…なんとお礼を申し上げれば足りるのか」
うるうると涙を溜めながらもなんとか感謝の気持ちを伝えようとする父に、楠木さんは穏やかに応対してくれた。
楠木さん、やっぱりいいひとだなぁ。
(山も一緒にみてくれたんでしょ。ここまでやってくれるなんて、思ってなかったな。)
正直、私が家族と居る間どこかで暇つぶしして待っているだけでも十分ありがたいと思っていたのに。
だけれど、さっちゃんは真面目な顔をして父の言葉を横切った。
「ちじゃう。」
「は…?」
不意を突かれて間抜けな声を出す父よ。ああ、私もこういうところあるな。なんだかんだ、親子だなぁ。
「さっちゃん、なにが違うの?」
「そるふぁ、さっちゃんのはは。」
「んー?さっちゃんのお母様はご主人様よ。」
「ご?」
さっちゃんは『誰だそれは』といった顔で聞き返してきた。
「あ、そうか。さっちゃん、ご主人様に会ったことない…?」
「それは確かに…お前を産んだ御母君は高天原におられるよ。いつか会いに」
「ちじゃ!」
さっちゃん、楠木さんには手厳しい。
「そるふぁ、ちちのつま。」
「はい…?」
きょとんと聞き返す私の父だが。
え、もしかして、もしかしなくても。
「さっちゃん、今の話全部理解してたの?!」
「しょうよ?」
父が、私が『お仕えしている』と言ったから、それは違うと正したのだ、さっちゃんは。
「妻…?」
父の顔に、信じられないと書いてある。
「つまというのはいもせのつがいのおんなのほう。」
「さっちゃんそこも覚えてるし!!」
「そるふぁはねぇー、しゃっちゃんのことだいすきなの。さっちゃんねぇー、そるふぁのことだいすきなの。」
「うんっふんふんっうん!」
「だからそるふぁ、ちちのせいさいになって、さっちゃんのおかあしゃまになったの。」
「さっちゃん!流暢に喋る!え?!楠木さん、そういう認識でいいのかな?!なんだっけ、私が引き受けたのってたしかお世話係、でしたっけ?」
「世話役、ね。御子神にとって世話役は育ての父母に等しいし、お母様お父様と呼んで育つから、いいけど…」
楠木さんは楠木さんで、衝撃を受けた様子で呆然としている。
「それはいいんだけど…なぜ…なぜここに至ってお父様とは言ってくれないんだ…?」
「あ!?あはは楠木さん、すぐですよすぐ!」
「いますごいあっさりお母様って言ったよ…?」
「それは話の流れでね、ね、ね?」
「そるふぁ〜。さっちゃん、いーよ〜っていったよ。そるふぁ、おかあしゃまえしょ?」
よろけてうなだれる楠木さん。
キュルンとかわいい瞳で見つめてくるさっちゃん。
衝撃で目玉飛び出そうになっている父。
鶯が沈黙を破った。
「え?お姉、楠木様と結婚したの?」
「あ、えっと、うん、」
流れで、と言いかけているところで弟妹たちが雄叫びをあげて騒ぎだした。
「お姉が結婚した!」
「お姉結婚したー!」
「しかも神様と?!」
「「「うちのお姉は村一番の大出世じゃー!!」」」
みんなの喜びようを見て初めはびっくりしたのだけれど、ちょっと考えてみれば納得だった。出稼ぎに行って嫁の貰い手が無くなったと思ったら、今度帰ってきたら結婚してたんだから。
里帰りのために結婚したようなものだったので、あんまり騒いで楠木さんは気を悪くしないだろうかとそっと様子を見てみる。と、しょぼしょぼしつつも弟妹たちが飛び跳ねているのを穏やかに見守ってくれているのだった。
(そっか)
楠木さんは、誰かが喜んでて気を悪くするようなひとじゃないんだった。
なんでそんなことで不安になっちゃうんだろう。
たぶん、身に余ると自分でも分かっているからなんだろうな。
こんなに幸せで、恵まれてていいのかな、って。
父は、楠木さんの足元に跪いて何か言っていた。そんな父を助け起こそうとする楠木さん。
(わぁ、どこまでもいいひと。)
父が喜んでくれているのが、嬉しい。
その時だった。
「ここに高天原正使の兄神なる
入り口に二、三の大きな人影が立ち塞がっていた。屈強な男たちに小さい弟妹は驚いて、兄姉や物の陰にぴゅっと隠れる。
楠木さんは落ち着いて応対した。
「私です。」
男たちは明らかに顔がパッと明るくなった。そんなに探していたんだろうか。
「西王母娘娘がお目通りをご所望です、どうぞお車へ!」
「へ?!」
「御妻君と姫宮様も必ず一緒にお連れするようにとのことです!」
「へゃ?!」
仰天して腰が抜けそうである。天帝様に呼ばれたと?
なんとか車に乗り込み、回らない口で楠木さんに助けを求める。残念だが楠木さんもなかなか混乱中だったみたいで、青い顔をしてふるふると首を横に振るだけだった。
慌ただしく別れることになった家族へ、なけなしの笑顔を見せるために口角をがんばってあげてみせる。
「お姉、何したんだ!?」
「お姉、死なないでね!また帰ってきてね!」
「ばかっ縁起でもねえこと言うな!」
「あはは、みんな、元気でね〜…」
さっちゃんは車に乗ると寧ろ元気になって、車が動き出してからは私の家族に親しげに手を振っていた。
「みんなげんきでね〜。」
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