第34話

さっちゃんは、日一日と大きくなる。あっという間に日々が過ぎた。



 さっちゃんは順調に、というか、駆け足で育っていく。それはもうすくすくと。私や楠木さんのやることを見ていると思ったら、すぐに同じように出来るようになる。どんどん言葉も覚えるし。もう走るし。しかもすごく速い。

 やっぱり私が知ってる赤ちゃんの育ち方ではない。


(でも、かわいいっていうのは一緒!)


 一緒というか、いいとこ取り子育てなおかげで、段違いに可愛く感じる。

 トテトテと軽やかにやってくるその姿形がもう。

 もうね。

 もうね!

「さっちゃん、かわいいねぇ〜…。」

「しゃっちゃんねぇ、かわいいの。」

「うんうんうんうんそうだよそうだよ〜はい正解!」

 ひとまず抱きついて撫で回す。



 わしゃわしゃされながらも、さっちゃんは得意顔で瞳をキラキラさせる。

「しゃっちゃんねぇ、いいこと知ってうよ。おーふぁにおしえてあげう。」

「なになに?」

 おーふぁ、というのはもちろん。

(おーふぁ、うふふ。)

 雪花ソルファ、私のことだ。

 この子は冬の中ごろに生まれた。それから初めての秋だというのに、もうここまでお話が出来るようになった。驚異的だ。神業だ。天賦の才の持ち主に違いない。

 と思っていることを楠木さんに打ち明けたところ、「うん、そうだよ?」と不思議そうな顔で返された。

 そうだった。

 さっちゃんは神様の子なのだった。


 さっちゃんは、幼い子特有のキラキラした瞳で嬉しそうに教えてくれた。

「あのねぇ、南の楠の木に成る実が、渋みが少なくて採れ高もなかなか。」

「さっちゃん、木の話になると一段と饒舌になるよね。」

「うん。しゃっちゃんじょーちぇちゅ」

 ん?と眉間に皺を寄せて、自分の発語を省みる。

「じょーちぇ?」

「じょうぜつ」

「じょうじぇちゅ」

「じょ、う、ぜ、つ」

「じょー、ぜ、つ」

 ほら、また一つ覚えちゃった。饒舌、なんて私も最近知った言葉なのに。

「さっちゃんすごい!言えたねぇ」

「じょう、ぜつ。うふふ、じょう、ぜつ。」

 意味分かってなくても言えるだけですごいけど、なんとなく意味もわかっているんじゃないかと思わせる、賢いさっちゃんなのだった。


 ちなみになんで特定の話題でさっちゃんが饒舌なのかというと、私や森の住民たちと楠木さんが、日ごろさっちゃんの食べるものについてああでもないこうでもないと話し合っているからだと思う。周囲の様子をよく見ているさっちゃんには、すっかり慣れ親しんでいる話題なんだろう。





 さっちゃんは、あの脱皮騒動のあとケロッと元気になった。それから私はあまり後先を考えることもなく楠木さんのお屋敷でさっちゃんのお世話をしてきた。なにせ目まぐるしくさっちゃんが育ち続けるので、正直ゆっくり考える機会もあまりなかったというか。

 なんだけど。


 秋が来たなと、涼しくなった風を受けながらぼんやり空を見上げる。


「雪花」

「あ、はい」

 ぼんやり、ぼんやりと空を眺めていると、いつの間にか楠木さんが横に来ていた。

「何か考え事?」

「あー…ちょっと、父たちが、どうしてるかなぁって。」


 楠木さんは、やっぱり深刻な顔をして黙り込む。


「ちょっと気になってただけですから。楠木さんからもお手当もらったんでしょ?だから心配してるってわけじゃなくて」

「うん…手当っていうか、加護だけど」

「そうだ、ご加護だった。とにかく、ちょっと思い出してただけだから。気にしないでください。」

 楠木さんは、真面目な顔でじっとこちらを見ている。

「もし帰れるなら、帰りたい?」

「まぁーねぇ…そりゃあ、顔が見れたらなぁとは思いますけど。でも大丈夫、もともと栴様からもらったお手当もたくさんだったし、そのうえ楠木さんのご加護ももらって、もうあんまり心配してないです。」

 楠木さんが困るのは分かっていたので、ごく軽い調子で手をひらひらと振る。正直、もうあんまり困窮してないだろうし、本当に心配するほどの不安なことがあるわけじゃない。

「だけど、何はなくとも父君のことなど気になるだろうね。」

「でも簡単に行って帰ってこれるような所じゃないんだもの。」

「瑞穂の中だったら私でも連れて行ってあげられたんだけれど…崑崙の土地を訪問するには」

 楠木さんにも良い案は思い浮かばないんだろう。最後に生家からここへ戻ってくる時には、有事ということで特別に高天原から崑崙丘へ許可をもらっていたらしい。なんだか大事なので、里が気になるくらいでは私だって頼みたくない。

 楠木さんは頭を抱えてしまった。

 

「いいんです。あそこにあのまま居たら、きっとこんなに楽しい毎日じゃなかったから。だから、ここに戻って来れて良かったなってしみじみ思ってます、今。」

 楠木さんは、考え込みながらも口をもごもごさせる。

「それはそれ、これはこれ…」

「うふふ、その気持ちだけで十分です。」


 本当にそうだ。

 もし遠くに奉公に出たとして、主人が心の冷たいひとだったら、どうだっただろう。

 親の顔を見たいなんて、口に出すのも憚られるような勤め先だったら。

 今の私は本当に恵まれている。さっちゃんはかわいいし、楠木さんは私の意見を尊重してくれる。それに毎日の食べ物にも困らないし。

自分が、ここで役に立てているのだと、ここに居ていいのだと思わせてくれる。


 だから、こんな風に気軽に自分の考えていることを口に出していたのであって。

 それがまさか一生の一大事につながるなんて、この時は思ってもみなかったのだった。

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