第33話
怒涛の一日から、早くも数日が経った。
「はい、あぁーん」
ぱく、と可愛いお口が元気よく食いつく。草の汁の他に何かないかと考えた末、木の実を細かく砕いて草の汁に溶かしてみた。
「まぅ、ま。」
「うまうま?よかったぁ。さっちゃん、いっぱい食べてね。」
「ぅー。」
パクパクと本当によく食べる。匙を持つ手が止まる前に、用意した分を全て食べ切ってしまった。
楠木さんはいそいそと次の木の実を砕きながら、他に食べれるものがないかなと、森の住民たち(主にリス)に聞いている。
そんな時だった。
「ぅゆぃ、ぅー」
「ん?」
「ぅゆいー、やぃやぃや!」
さっちゃんはいきなり大声で叫ぶ。
「どうしたの?」
「いー!ぅいいの!」
急に火がついたように泣き出したさっちゃんに面食らって、ひとまず抱き上げてあやしてみるのだけれど。楠木さんも手を止めて、心配そうにさっちゃんを覗き込む。
「紗良紗、どこか痛いのかい?」
「ぅいいー」
「どうしたの?」
「ういぃの!」
「うぅーん…」
「おなか痛いのかな?そういえば、長者さんとこの赤ちゃんもお腹の調子が悪くて泣いた時があったの。」
「いぃぃいー!」
さっちゃんの悲痛な泣き声に、どうしようと焦って楠木さんを見る。
「木の実駄目だったのかな?!どうしよう」
楠木さんははっとして少し考え込んで、それから首を振った。
「人の子ならよくあるんだろうけど、天津神が御饌で不調になるなんて」
「でも」
「ぁぁあ゛ー!」
さっちゃんは小さな手で力一杯頬をぎゅうぎゅうと握りしめる。
「紗良紗、そこが痛いのかい」
「ほっぺが?」
口を傷つけたんだろうかと思ってさっちゃんの手が離れた隙に頬を見る。握りしめていたところが真っ赤だ。そして、その中にいくつかヒビ割れのようになっているのを見つけた。
「ねぇ見て、ここ。ヒビ割れてる。」
「本当だ。脱皮かな?」
「こんな時にふざけてるの?!虫じゃあるまいし!」
「いや脱皮って言葉が正しいのか分からないけど!でも、もしかして」
楠木さんはハッとして、すり潰していた木の実と草の汁を混ぜながら、さっちゃんの頬にべっちょりと塗りたくった。ドロドロの白いそれがひび割れに馴染んでいくと、少し肌のガサガサまで和らいだ。
「ぅい、ぅいゆい」
「紗良紗がんばれ、もう少しの辛抱だ」
「楠木さん…?」
「皮が剥がれ落ちるんだ、きっと。痒いんだよ。だから出来るだけ湿らせて、油で滑りを良くして」
「ゃい、ぅぅいうー…」
すぐに楠木さんの見立てが正しかったことが分かった。さっちゃんが見る見る落ち着いてきたのだ。
「ぅいー、んうー。」
「さっちゃん、良くなってきた?」
「んー…ゅいった。」
さっちゃんは半べそながら、落ち着きを取り戻してこっくりと頷いた。
「痒かったの。」
「ん。ぁゆあった。」
「辛かったねぇ…」
「ん。たった。」
「かわいい〜…!ひぃぃーん、良かったよぉー!いつものさっちゃんに戻ったぁ〜!」
ふんす、とちょっとご機嫌斜めなさっちゃんも可愛すぎる。悶えた。
楠木さんはというと、そんな私たちを見て笑いながら、さらにさっちゃんの腕や足にぺたぺたと白いドロドロを塗っていく。
「楠木さん、すごいっ大正解ね!どうして分かったの?」
「あはは。私も昔、こんなことがあったなって思い出しただけだよ。」
「よく痒くなってたの?」
「いつもではないけれど。御饌を多く食べられた後は、なんていうのかな、一回り大きくなるというか」
「…脱皮?」
「ほんと、そんな感じ。」
楠木さんは手を動かしながら、くすくすと笑う。
「雪花から見たら、少し変わってるかもね。」
自分の言ったことに反省して、首を横に振った。
「私…ごめんなさい、きつい言い方して。」
「え?いやぁ、それは」
楠木さんはちょっと驚いてしどろもどろになった。
(私、いつもこんな態度だったかも)
改めて反省する。楠木さんはふにゃりと微笑んだ。
「いつもは私の方が教えられてばかりじゃないか。頼りにしてますよ。」
謙虚なひとだ。つられてふにゃりと口角が緩んだ。
一通りドロドロを塗り終わると、さっちゃんはぐっすりと眠った。
目が覚めてから水浴びをしていたら、ガサガサだった肌がポロポロと剥がれ落ちて、すっかりつるりと一皮剥けてしまった。
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