第28話

神鷹さんと、再び花の御殿を歩く。


「神鷹さん、ご主人様にご挨拶したいんですけどできますか?」

「いいえ。ですが御魂様は、この後も雪花に幸あれと仰せになりました。」

「それも叶っちゃうんですよね、ふふ。ありがとうございますって伝えておいてください。直接お礼言いたかったな。でも、偉い神様なんですもんね、ご主人様は。春が来たら、忙しくなっちゃったのか。」

「なぜそのようなことを知っているのですか。」

「楠木さんが教えてくれましたよう。」

「ふうん。」


 神鷹さんは今日も顔色ひとつ変えずに話を終える。足元を指差すと、別れ際とは思えない淡白な説明を添えた。

「さあ、この橋を真っ直ぐ進みなさい。」

「はあい。神鷹さんもお元気でー!」

 手を振りつつ一歩踏み込むと、たちまち白い光に包まれた。



「ん?」

 気づいた時には、家のすぐそばに立っていた。

 あんまりあっさり帰れてしまったのだった。しばらくぽかんとしていたところを、畑の帰りの弟たちの雄叫びで我にかえった。

 






「雪花、本当によく勤めてきてくれた。」

「あのね、ほんとに楽しいお勤め先だったのよ。すごく良くしてもらったんだ。」

 父の痩けていた頬が、今は血色よく笑っている。

「そうか。そうかぁ。」

 なんだかすっかり若返った父を見て、知らず顔がにやける。これならもう暫くは長生きしそうだ。

「食べるものがあるって、いいわねぇ。」

「そうだなぁ…ありがたいお話だった。何より雪花をこうして帰してもらえたんだから」

 父は涙を浮かべながら頷く。そりゃそうだ、生きて帰ってきただけでもびっくりなのに、毎日美味しいものを食べまくっていたおかげですっかりふくふくツヤツヤになっているんだから。

 父だけじゃない。村中がびっくり仰天して我が家を覗きに来た。

 そしてたぶん、私の話は半分くらい信じてもらえていない。きっと人前では話せないような冬を過ごしたんだろうと、哀れみの視線を感じた。

 その中には、まあ許嫁も居て。

 まぁ、もう許嫁だけど。

 私が勤めに出てすぐ、「もう帰ってこないんだから、二番目の娘を代わりに寄越せ」と押しかけてきたらしい。我が家の倉に目が眩んだんだろう。その時は次女に引っ叩かれて帰ったらしいが、懲りずに何度か次女を嫁にとねだりにきていたそうな。

 それで私が帰ってきたものだからバツが悪いのかと思いきや、親子揃って私を捕まえて「お前はどこぞで娼婦でもやってきたんだろう、そんな女はうちには迎えられない。だが代わりに次女か三女をもらってやるから、妹を説得してこい。うちみたいな良い家に嫁入り出来るんだから、願ってもいない話だろう。」なーんて宣いやがったのだ。


 怒ろうとかやり返そうとか、もうそんな気持ちも沸かなかった。ただ、この人たちが哀れで、ちっぽけで。

 なんたってもう、本物の『良い暮らし』を経験してしまった後ですのでね。


 適当にあしらって帰ってもらおうと思っていたら、物陰から聞いていた弟妹たちに尻を蹴られ、さんざん罵られて小走りに去っていった。

 悲しいかって?

 心の底から叫んだよ。

「あんなんと結婚しないで済んで良かったーー!!」

ってね。



 父と卓を囲みながらまったりしていると、ひとしきり騒いでから「お姉は疲れてんだから静かにしなさい!」と年長の妹に一喝されて引っ込んでいたチビたちが、ソワソワと少しずつまた寄ってくる。

「お姉…疲れなくなった?」

「ん?お姉はね、もともとそんなに疲れてないよ。」

「ほんと〜?」

「ふふ、本当。」

「じゃあねっ聞いて!あのねあのね」

「お姉〜、見てみて!」

「お姉ー!」

「お姉、こっち来てっ」

「うるさーーい!お姉は一人なの、順番こ!」

「あはは。」



 懐かしい笑い声。

 少し大きくなった弟妹たち。

 顔色のいい父。

(帰ってきたぁ。)

 


 いっぱい食べて、たくさんの笑い声に囲まれて。

 帰ってきたんだ、我が家に。

 

 その晩は、妹とおしゃべりをしながらいつの間にか眠っていた。






 ふと目が覚めた。

 と、懐の辺りで何か温いものがもぞもぞ動いている。

「さっちゃん…?」

 びっくりして、掛けていた冬衣を急いで剥ぐ。

「さっちゃん、ここまでこれるようになっちゃったのー?!」

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