第27話
家へ帰る。
と言われて、正直びっくりした。
確かに、冬の間だけと言われていたお勤めだったけれど。
「楠木様、雪花を家へ帰しますのでご了承ください。」
「ちょっと待って?えっと、今日?今日ですか?」
「はい。春が戻ってくるので、雪花の勤めは終わりです。」
「え、今ですか?」
「そうです。」
「そ、う、ですか」
「あ…神鷹、ちょっとだけいいかい?雪花には世話になったから、挨拶する時間を。」
「はい。」
神鷹さんはその場で待つつもりらしい。
(こんな突然、さあ帰りますよって…心の準備というものがあるんですけど。)
お勤めが終わった。これで堂々と家へ帰れる。
なのに。
「雪花」
「楠木さん、どうしよう私…帰るのもっと先だと思ってたから」
「私も、まだ先だとばかり…いや、本当は考えないようにしていたのかもしれない。毎日、新しい日のようで」
二人揃ってさっちゃんを見る。
眠っている、すやすやと。
「楠木さん…さっちゃんは水浴びが好きだから、こまめに水場に連れて行ってあげてくださいね。」
「分かった。」
「毎日、食べる量も増えてきてるから、もうそろそろあの草の他にも色々試してね。」
「た、試す…?分かった。」
「うーん、どんなの考えてます?」
「う」
「そうですよね。米とか、もうそろそろだと思うの。まずはよーく柔らかくしてね。あとは麦とか。木の実も砕いたら食べれる、のかなぁ?分かんないなぁ」
弟妹を育てた昔の記憶を頼りに、出来るだけ言い残しておこうと頭を捻る。
「分かった。」
「あとお散歩のときには」
持ち物。
準備。
気を付けること。
「分かった。」
「それから、朝起きたら」
ごきげんはどうか、よく見ること。
お顔をきれいにしてあげてね。
さっちゃんはお話が好きだから、たくさん話しかけてあげて。
「分かった」
楠木さんは素直にうなずく。
「大丈夫、楠木さんなら出来るわ。さっちゃんはいつも御機嫌な子だし、体も丈夫みたいだし…うー、でもぉ」
頭を抱えてしまう。今まで何でも細かいお世話をついつい自分がやってしまってきたことで、楠木さんと共有できていないことがたくさんある。言葉にしにくい、例えばさっちゃんの好みや習慣。それに、楠木さんは頭では分かっているかもしれないけれど、一日中お世話したことはまだない。
「こんなことになるなら、楠木さんにもっとやってもらっておけばよかった!まだ先だと思って、甘く考えてたわ…」
「う…」
楠木さんは不安げに呻いて目をつむる。
「紗良紗を起こそう、あいさつを」
「ううん…気持ちよさそうに寝てるから」
さっちゃんの額にそっと触れる。
本当は、離れられなくなりそうで怖いから。
涙が出そうだ。
(かわいい、なんてかわいいんだろう。)
ゆっくりと、丸い額を撫でる。
「さっちゃん。さようなら、元気でね。父様と仲良くね。」
「雪花、ほんとうに…ありがとう。雪花が居なかったら、今の私達では居られなかった。」
「楠木さん。さっちゃんのこと、よろしくお願いしますね。」
「うん。守るよ、何があっても。」
「うん。」
静かに待っていてくれた神鷹さんに振り返る。
「神鷹さん、お待たせしました。」
「では」
「神鷹さんにも、お願いしますね。」
神鷹さんは、きょとんとして聞き返してきた。
「何をですか。」
「さっちゃんのこと。困ってたら助けてあげてくださいね。」
「あー雪花?神鷹にも立場ってものが」
楠木さんはまたオタオタしているけれど。
「楠木さん、ちゃんと考えて。この子を育てるのに、頼れる相手は多い方がいいんだから。ひとりじゃどうしようもない時だってあるかもしれないでしょ。ね、だから神鷹さん。何かあったら、さっちゃんのこと助けてあげてくださいね、お願いしますね。」
「雪花ぁ…神鷹、気にしないでおくれ、栴殿に加護して欲しいとかそんな大それた意味じゃないからねっ」
さっちゃんを少し隠すように立ち直しながら、楠木さんは焦るのを誤魔化すように笑う。
「はい」
神鷹さんは楠木さんと私とを両方見比べてから「承知しました。」と答えた。
どっちに対しての返事なのやら。
とは言え、起きてもいない大事を心配していても仕方がない。あとは森の住民たちによろしく頼んで、お屋敷を後にした。
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