第26話

 一日、一日とさっちゃんは大きくなった。


 なんていうか、すくすくとかいう速さじゃなく。

 ハイハイした次の日には座れるようになり、支えなくても自分の手で草を持って食べ始めた。

 その次の日にはリスの頭を支えにして(つまり掴んで)すっくと立ちあがった。

 そしてその次の日には、もうトコトコと歩き出したのだ。

 そらもう確かな足取りで。


 開いた口がふさがらない。が、とにかく健やかではある。なので、素直に喜んでいる。喜ぶ事柄が多すぎて忙しい。

 少し前に何か悩んでいたはずだったのが、すっかり頭の片隅に追いやられ。

 そしてどうでもよくなった。



 今日は、さっちゃんとどんぐり集めをしている。さっちゃんはトコトコ歩いてはつやつやと光るどんぐりを拾い、ひとつずつ私に渡してくる。

「あ。」


 かわいいしかない。

「はいはーい。」

「あ。」


「はーい。」

「あい。」

「あら!さっちゃん、はいって言えるの?すごいな!」

「あい。」

「はい、さっちゃん!はい、どうも。」

「あい、おー。」

「わぁ~さっちゃん!どうぞ上手ねえ!」

「あい、うよぉ。」


 さっちゃんは顔をキリっとさせて、次のどんぐりを差し出す。

「どうぞしてくれるのね、ありがとう!どうぞ上手ね!」

「あい、おうじょ。」

「どうぞしてくれてありがとう!どうも!」

「あい、じょうじょ。」

「さっちゃんすごいぃー!どうぞ上手!」

 どんどん音が近づいてくる。

「さっちゃん…さっちゃんてやっぱり、すんごい賢いよね?賢すぎない?」

「あい、どうじょ。」

 どんぐりを差し出す凛々しいお顔を、つい両手で包んでふにふにする。

「かわいくて賢いとか最強じゃん?」

「あい」

 悶絶していると、さっちゃんは今度は少し強めの圧でどんぐりを差し出した。受け取らずにいたので怒っちゃったのだろうか。それもまた可愛すぎる。

「ありがとぉー!」

 それからしばらく、延々とどんぐりを受け取り続けた。








 そしてさっちゃんが色々考えていることも分かった。

「楠木さーん、戻りましたぁ。」

「お帰り。楽しかったかい?」

「聞いてください、楠木さん!さっちゃんすごいんですよ!さっちゃん、ほら。父様にもやってあげて?」

「何の話だい?」

 にこにこと私達を出迎えた楠木さんを、さっちゃんはまじまじと見つめる。

「さっちゃん~」

「紗良紗、何か持っているのかい?」

「さっちゃん、どうぞしてあげて!」

「紗良紗ー…?」

 さっちゃんは、今度は握りしめているお手手を見つめた。

「あれ…?さっちゃん、さっきみたいに、ね?父様も見たいと思うよぉ~。」

「お?」


 さっちゃんはちょっと眉を顰めて、もう一度お手手を見る。あからさまに渋っているのを見て楠木さんは笑い出した。さっちゃんが悩まし気な顔をするので、私も胸がきゅんとしてしまった。

「はは、なにかいいものを見つけたんだね。いいんだよ、大事に持っておきなさい。それより、可愛いお顔を見せておくれ。」


 そう言いながら、楠木さんはさっちゃんを抱き上げた。

 さっちゃんの身体がしっかりしてきたから抱きやすくなったと楠木さんは言うけれど、楠木さんの手つきが慣れてきたのも大きいと思う。

 楠木さんはしっかりとさっちゃんを抱いて、穏やかにほほ笑みながら顔を覗き込んだ。

「紗良紗、外は楽しかったかい?」

「あい」

 さっちゃんは楠木さんの問いかけに愛らしくお返事をして。

「それはよかフぶっ!!」

「どうじょ。」

「おぉ?!さっちゃんんん?!」

 笑いかける楠木さんの口めがけて拳を突っ込んだのだった。




 なかなかさっちゃんの手の動きは素早かった。やっぱりさっちゃんは才気にあふれている、色々と。

「ちょっと…痛かったかもね、さっちゃん?」

「うぇ?」

 さっちゃんは空になった手のひらを見て、何かあったのかとでも言わんばかりに首を傾げた。楠木さんがどんぐりを出そうとすると、さっちゃんはきょとんと再び首を傾げて楠木さんの顔面を引っ叩いた。

(…たぶん、落っことさないように口元を押さえてあげるつもりだったんだろう。)


「どうじょ。」

「食べろってこと…?」

「どんぐりそのまんまは駄目だよ、さっちゃん。ゆでて殻を剥かないと。」

「どうじょ?」

「あ、うん…」




 楠木さんは飲み込んでから『私は平気だけど、雪花にはやっちゃいけないよ。』と穏やかにさっちゃんに話しかけた。神様はだいたい何でも食べれるらしい。

「あい。」

「いい子だね、紗良紗。」

 ちょっと涙目になってたけど。








 満足げにすやすやと眠るさっちゃんの寝息を聞きながら、楠木さんと夕餉を囲んでいた。

「さっちゃん、ほんとに見てて飽きないですねぇ。」

「そうだね、日に日に変わっていくね。」

「ふふふ、とっても大事そうに握ってたのに、楠木さんにあげましたよね。優しい子ですよ。」

「そ、そうかも、ね…」

 楠木さんは口元をさすった。

「そりゃ渡し方はあれだったけど。それは知らなかっただけですよ。」

「言われてみれば、確かにそうだ。」

「もしかして父様は食べれるってこともわかってたのかな?私には普通に手渡しでしたよ。」

「え、そうなの。」

「さっちゃん、やっぱり賢いわぁ…。」

「そうかもしれない…。」

 ふたり揃って、まじまじとさっちゃんの寝顔を見つめた。

「あのね、明日はさっちゃんと」


 その時だった。

「失礼します。」

「あ」

 いつも通り、全く前兆無く神鷹さんがやってきた。


 そういえばなにか伝えたかったような気がするんだけれど。

(なんだっけ?まあいっか。)

「こんばんは、神鷹さん。何かありました?」

「春が戻ってきます。雪花を家へ帰すようにとのことです。」

「あ」

 

 すっかり忘れていた。

 思わず楠木さんを見る。

 楠木さんは、途方に暮れた顔をしてこちらを見た。

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