第24話
「ねえ」
「なに?」
「神様って、みんなこんななの?」
「それは…どういう?」
さっちゃんはすやすやと眠っている。
愛らしいぷにぷにほっぺをひと撫でする。さっちゃんが起きている間には口にしないようにしていたのだけれど、楠木さんとふたりきりになって本音を溢した。楠木さんは、「今度はなんだ」という風に顔を引き締める。
「さっちゃんの育ち方が、わたしの知ってる赤ちゃんと違う。」
「へ?」
「だって…ハイハイしたでしょう、さっき。」
「それは…おかしいことなのかい?」
「あ、心配しないで。ハイハイするのは変なことじゃなくって普通なんですけど。ただ…早いの、すっごく。」
「早い?」
「うん。だって」
さっちゃんのぷにぷにお手手を撫でる。何か握っていると思ったら、あの余り布で作ったという飾り紐だ。よほど気に入ったんだろう。
「さっちゃんって、産まれてからまだひと月経ったか経たないかくらいでしょう?やっぱり神様だから、わたしたちとは違うのかな?私、このままでいいのか少し不安になってきたっていうか。」
「神の子も人の子も、食べて寝るのが大事というのは変わらないと思うんだけど。早いのは駄目なのかい?」
「だめかどうかなんてわかんない、けど」
だけれど。
「何かもっと、将来立派な神様になれるような何かがあったりするんじゃないの?」
「そう、なのかな?」
「神様の育て方知ってそうなひとに聞いてきてくれません?」
「神様の、育て方」
楠木さんはキョトンとして少し考え込んだ。
「我々天津神は、眷属に貢がれて育つよ。」
「それはやってると思います。」
「うん、申し分ない。現状は大変手厚い。雪花から見て、例えばどんなことが足りない?」
楠木さんは真面目な顔をして私の答えを待っている。
だけれど、それは私には分からないのだ。
(だって、今を生きるため以上のことを考える余裕なんて、ずっと持ち合わせてこなかったんだもの。)
それは本当にどうしようもないことだし、別に境遇を恨んだり恥ずかしいと思っているわけじゃないんだけど。
ただ、さっちゃんにはそれが与えられるべきものだと思う。だってこの子には、きっとそういう世界が相応しいから。
「私には分かりません、うちはいつでも貧しくって、食べるのに精一杯で。でも長者さんとこの赤ん坊は違ったよ。もっと、いろんなこと知ってて、数も大きいのまで知ってたし」
「雪花、それは知識を身につけるべきだ、ということかな?」
「知識?」
「うーん、色々知るべきだ、ということかな?」
「そんな感じ!だってさっちゃんはこんなに賢いし、どんどん育つし。そしたらきっと、すんばらしい女神様になりますよ!」
楠木さんの言い換えに強く共感して、自分の言いたかったことはこれだと確信した。
「さっちゃんには色々教えてくれるひとがいたらいいと思うんです、誰か探してきてくださいよ。」
「先生ってことかな。それは確かにいい考えだね。誰か…」
そう言ってから、楠木さんは小さく笑った。
「いや、どうかな…」
それから、楠木さんは全然違う話を始めた。
「雪花がお仕えしている間に、君のご主人様は身重だったかい?それはつまり、動くのが大変そうだったりとか、お腹がふっくらとしていたりだとか。」
「それは全然気づかなかったんです。だから私もびっくりして。」
「私もね、びっくりしている…紗良紗が私の娘だということに。」
楠木さんはさっちゃんのあんよを
「我々には血縁を確かめる術があって。つまり、紗良紗は確かに私の血を分けた、実の娘なんだ。だがそれは栴殿の秘術の産物だ。私は主上に指一本触れちゃいない。」
「…どういうこと?」
「私にも分からない、この子は…この子はどうやって生まれてきたんだろうね。」
「…?」
「栴殿を主上が重用なさるのは分かるよ、あれほどに優れた者は高天原を見渡す限り見つからない。栴殿をよく思わない面々も、正面切って栴殿に盾突くような真似はしない。返り討ちに遭うのは自明だからね。そうやって高天原の均衡は保たれているのさ。だからこそ、紗良紗はあまり目立たない方がいい。耳目を集めることになれば、紗良紗が苦労するかも」
「ふゃ…」
さっちゃんの寝言に耳を傾けてから、楠木さんはしばらく何か考え込んでいた。
楠木さんは、優しい眼差しでさっちゃんを見つめる。
「優れた御柱なんて、目指さなくていいんだ。極力、紗良紗は高天原に連れていかないつもりだよ。主上がどういうお考えなのか、もはや主上が栴の意のままだったとしても、私にはなす術も無いし、高天原が滅びることになっても、幸いここは
「さっちゃんがかわいい?」
「うん。」
お互い顔を見合わせて、ゆっくりと頷いた。
「よかった。今の楠木さんなら、ちゃんとお父さんになれますよ。」
「最初からそのつもりだったんだけど…」
「『つもり』は誰でもできます!いざという時に子どもを守れるかどうかの話。」
「そうだね、」
楠木さんはさっちゃんの頭を優しく撫でた。
「本当にその通りだ。」
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