第23話

呆けている楠木さんの代わりに尋ねる。

「選べるんですか?」

「はい。」

「何色があるんですか?」

「何色でもいいと仰せです。」

「今から染めるってこと?そこまでしていただかなくても!余ってる布があればください。」

「余り布がいいのですか。」

「はい。」

「伝えます。それで、何色がいいかとのことなのですが。」

「じゃあ余ってるのは何色があるんでしょう?」

「それは分かりません。聞いてきます。」

「あ、すみません。」

 言う前にすっと神鷹さんが姿を消した。と、未だ固まったままだった楠木さんが「あれ…?」と首を捻った。



 そして神鷹さんはすぐに戻ってきた。

「色々ありました。」

「色々。じゃあどれでも、あんまり要らないなってやつで。」

「どれも不要な訳ではありません。」

 ささやかながら、ご主人様を気遣っているつもりで言ってみたんだけど。神鷹さんに真面目に返されてしまった。

「じゃあ余り布じゃないじゃないですか。」

「いえ、余り布ではあります。」

「なんなのそれ。もらっていいんですか、ほんとに。」

「補修が必要になった際に使うのです。ですが余り布が欲しければそれで構わないとのことです。」

「ふうん。ありがとうございます。」

「それで何色がいいのですか。」

「色々あるんなら、じゃあ」

「まま待って雪花!色は緑とか枝葉の色とかで!」

 楠木さんに被せられて、まあ貰えるなら何色でもいいやと頷いた。また何か細かいしきたりがあると、楠木さんが泣いちゃいそうだし。

「かしこまりました。」

 神鷹さんはそう言ってまたスッと消えてしまった。


「ほ、ほんとに下賜くださる、のか?」

「そうなんじゃないですか?」

「え…ええー?」

 楠木さんはさっきと反対方向に首を捻る。




「失礼します。」

「ひゃいっ」

「柄はどんなのがいいか、と仰せです。」

「柄?!」

 楠木さんの腕にまた力が入る。

「お任せしますっ」

「かしこまりました。」



「楠木様、紗良紗様の御印は何にしたのかと仰せです。」

「御印?!はぁぁっ考えてなかったです!!どうしよどうしよどうしよ」

「御印てなんですか?」

「なんていうか…名の代わりに使うんだ。何かしらの花にするのが通例なんだけど、他の誰かと被らないようにしないといけないし」

「じゃあさっちゃんが食べる、あの草は?花も咲くでしょ?」

「そ、そうしよう!あれなら誰とも被らないはず!だれか持ってきてー!!」



 リスがそそくさと持ってきた小さな可愛らしい花を持って、神鷹さんは一礼して帰っていった。

「え…?御印を聞かれた…?」

「何ボケてるの。自分で答えてたじゃない。」

「そうだ…はい。」

「楠木さん、そろそろ離して。」

「あ、はい」


 御印、と呟きながら楠木さんはやっと私とさっちゃんを解放した。






 それから何日かして、神鷹さんがさっちゃんの新しい御衣を届けてくれた。木の新芽を思わせる淡い柔らかい緑色に、小さな白い花がたくさん。

「かわいいー!あれ、でも結局新しく作っていただいたんですね。余り布でいいって言ったのに。」

 神鷹さんは飾り紐を指差して言った。

「ここに余り布が使われています。」

「なんだぁ、こんなちょっと?」

「もっと欲しかったのですか。」

「いいえ、なんだか悪いなぁって思っただけです、

ほとんど新品じゃないですか。ありがとうございます〜。」

「神鷹…この余り布ってもしかして、その…どなた様かの」

「栴のための余り布でした。」

 それを聞いた瞬間、楠木さんは地面に額付いて何かブツブツ言い始める。

「護身布ですので役に立つだろうと栴も申しております。」

「ありがたやありがたや…ありがたき下賜の御衣この上なき逸品を賜り恐悦至極っゲホッゴフッ」

「え、そんなすんごいやつなんですか、これ?ありがとうございましたぁ、ふふ。」

「それでは、失礼します。」

 楠木さんが咽せているのが落ち着かないうちに神鷹さんは帰っていった。

 神鷹さんは楠木さんのこと様付けで呼ぶけれど、

あんまり敬意は持ってないんだろうな。




「わぁ〜かわいい。さっちゃん、お着替えしてみよっか〜。」

「あうぁー。」

「楠木さん、ほら、しっかりして〜。行きましょ。」

「雪花…君は本当にすごい…信じられない、栴殿の余り布を、紗良紗に?そんな」

「ぁーぶぅ。」

 さっちゃんは、飾り紐が揺れるのが気に入ったのか、小さなお手手できゅっと掴んだ。


「さー!紗良紗ー!引っ張っちゃ駄目だよ?!」

「気に入ったんじゃないですか?ねえ楠木さん、問題なんかなかったでしょう。こんな素敵な御衣をもらって、まだ何か疑いますか?」

 楠木さんは、バツが悪そうな顔をした。

「考えすぎ、だったのかな…?」

「周りに助けてもらうのは悪いことじゃあないんですよ。自分たちだけで何でも全部上手くいくわけじゃないんだから。いちいち暗いこと考えてないで、今できることを全力でやるの。今日食べさせて、寝床を作って、親は出来るだけのことをするのよ。」

「うん…でも元はといえば雪花がうっかり主上におねだりなんてするから私はこんなに悩まされたんだ…」

「知らなかったんだよ!ごめんね!」


 

そんなこんなで新しい御衣を着たさっちゃんは、それはそれは愛らしかった。なんだか誇らしげに、にっこり笑うのまで含めて。

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