第19話
「お…?」
「ぅー」
「おぉ?さっちゃん?」
「ぅぁー。」
「わっ!わあぁぁぁ!」
「どうした?!無事か?!」
「楠木さぁん!さっちゃんが!」
のどかな昼下がり。水浴びも済んで、のんびりとしていたところだった。
バタバタと駆けつけた楠木さんを、手招きして急いで呼び寄せる。
「なに?!え?…なに?」
「寝返り!いま寝返りしました!いま、今だよ!」
「寝返り…って何?」
「仰向けからうつ伏せに、こうくるっと回るの。」
「あ…なぁんだ」
ヘナヘナと座り込む楠木さんの腕を叩く。
「なんだって何よ、さっちゃんが初めて寝返りしたんですよ!もっと喜んだらどうなの!」
「あ、はい」
「それにしてもすごく早いですね、生まれてすぐに寝返りできちゃうなんて。神さまだから?」
楠木さんは「うーん」と少し考えてから言った。
「早いかどうかは分からないけれど、天津神は食べた分だけ力になるから、食事が影響しているかな?」
「ふうん?」
確かに、さっちゃんは食事がとても順調だ。
お腹が空いた時には分かりやすく伝えてくれるし、食事中はお行儀よくしていて気が散ることもないし、吐き戻しも無い。日に日に、というか一日の食事の間ですら食べる量がどんどん増えていくし、食後にはちょっと驚くくらいに身体が大きくなっている。
(神様だから?)
問いかけるようにさっちゃんを見つめると、キラキラした灰緑の瞳が誇らしげにこちらを見上げてきた。
「さっちゃぁん!すごいねぇっコロンって出来たね!さっちゃん頑張ったねぇ!神様でもみんなこうってわけじゃないんじゃない?さっちゃん凄いよぉ〜あーかわいい!」
「ぅぁ。」
もうメロメロなのだ。こんな、いいとこ取りみたいな子守は初めてだ。
うつ伏せになって首をぷるぷるさせているさっちゃんを見つめながら呟く。
「楠木さん、私さっちゃんのお世話係になれて、ほんっとーに幸せです…」
「雪花が幸せなのかー。」
楠木さんは、あははと笑った。
「雪花のおかげだね。栄養状態が良いのは明らかだよ、まめに世話してくれるから。ありがとう。」
「えっいえ、そんな」
弟妹たちのお世話に比べれば、家事もないしさっちゃんの体調は安定しているし、正直そんなに苦労していないのだが。それなのにそんな風に感謝されると、少し照れる。
「まぁ、楠木さんよりはお世話してますかね。」
「雪花は正直者だねぇ。」
「ぅー、ぁぶぅ。」
「わぁーさっちゃんすごい〜!コロン上手ー!!」
なんだなんだとリスや小鳥たちが集まってくる。さっちゃんがカクカク首を揺らしながらキョロキョロと小さい動物たちを見渡すと、それぞれが持ってきた草を差し出す。
「あはは。さっちゃん、貢がれてるぅ」
「ぁー。ぁぶぁ。」
「うんうん。さっちゃん、お話が上手ね。そうね、ご飯にしましょうね。はい、どうも〜。」
ひょいとさっちゃんを抱き上げて、差し出された草を一本口元に持っていく。楠木さんは感心したように大きく息を吐いた。
「雪花は、よく御饌の頃合いが分かるね。私はまだよく分からないなぁ。」
「楠木さん、昨日そっぽ向かれてましたねぇ。」
「う…私だと、抱き方が違うとか?それともあまり気分じゃなかったんだかな。」
「さっちゃん、ちゃんとお話ししてくれるでしょう。とっても賢いですよ、この子は。どうして欲しいか伝えてくれるんだから、こんな扱いやすい子そうそういないと思いますね。」
「話し…?いつ?」
「さっき、まんまって言おうとしてたでしょ。」
「まんま?」
「それにお口モグモグさせてたし」
「モグモグ…それだけで?!」
「十分ですよ、とにかく泣くばっかりなのが普通ですよ、生まれたてなんて。」
「そうなのかぁ。」
ここ数日の間に楠木さんは、自身に赤ん坊に関する知識が無いという現状を受け入れ、一から学び直すことにしたらしい。学ぶっていっても、私から教えてもらう程度なのだけれど。赤ん坊ってどんなだと思ってたんですかと尋ねると、楠木さんはただ一言、「こんな予定じゃなかった。」と真顔で首を振った。
私も、そこまで鈍感なわけじゃない。
(私が居なかったら、人知れず葬る予定だったんだよな。)
口減らしは、別に珍しい話じゃない。ご主人様にも事情があるんだろう。
だけど。
「楠木さん、見てみて。さっちゃんのおてて、ぷにぷに。」
「んー、昨日より更にふっくらしてるね。」
「さっちゃんん〜、かわいいでしゅねー。とと様にもナデナデさせてあげてね?ほら、楠木さん。」
「なでなで…いいのかな」
遠慮がちに楠木さんが手を伸ばすと、さっちゃんは少しじっとして、「触らせてやってもいいぞ」とばかりに楠木さんを見つめた。
「すべすべだ…赤ん坊ってすごい。」
「さっちゃんはどこもかしこもすべすべのぷにぷにのもちもちーかわいいでしゅねぇ、かわいいでしゅねー!ほら、楠木さんも何か言って。」
「さ…紗良紗、そなたは美しいね。」
「そんな真顔で言う?」
「え…えっと」
楠木さんが頑張っているのを、さっちゃんと一緒に見守る。楠木さんはニコニコとしながら、もう一度やり直した。
「紗良紗〜、美しい
「ぶぅぁ、ぶぁ」
さっちゃんは「よし」とでも言うように次の草を吸い始めた。
斯くなる上は、楠木さんにもさっちゃんにメロメロになってもらって、ちょっとやそっとじゃ諦められないくらい溺愛するお父さんになってもらおうと決めた。病気になったりした時に、ちゃんと頑張ってもらわないといけない。
(さっちゃん、あんまり病気しなそうだけど。)
でも、そういうのはその時になってみないと分からない。その時に私がいなくても、楠木さんがちゃんとさっちゃんを守れるように。
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