第13話

「…」

 息を潜めて、花一輪をじっと眺めている。



「…」

 そよそよと風に揺れる。


 花が燈明の方へ向いてほんのりと明るく照らされると、薄い花びらが光を受けて白く艶めいて見える。かと思えばゆらゆらと揺らめいて、時折りふと青みがちになる。そういう瞬間には細い、毛より細い線が花びらの上に浮かび上がって、そしてすぐに姿を消してしまう。この薄い一枚の花びらの中にも、また別の世界が広がっているのだ。

 まるでご主人様の作る布のように。


 花は首を傾げた。

「今日も迷子なの?ぼうっとしてる子ねぇ。」

「富貴草、あなたの花びらにはどうして線がたくさんあるの?」

「線?ああ、この脈のことね。」

「脈っていうんだ。」

「これは私たちがみずみずしさを保つために張り巡らされているの。私たちだけじゃないわ。他の花も、木も、動物だってそうでしょ。あなたも脈だらけよ。」

「私?そうなの?」

「そうよ。人の子は肉と皮が分厚くて見えにくいけれど。」

「富貴草のは綺麗だね、模様みたい。」

「当たり前でしょう、私たちは何より綺麗なの。だって栴がそういうふうに造ったんだもの。」

「…栴様が、造った?」

「そうよ。限りなく薄く、それでいて美しく、色鮮やかに。ずっと、じっと見られてもいいように。」

 富貴草は自信たっぷりに上を向いた。

「栴様って、やっぱりなんでもできちゃうんだね。」

「栴に出来ないことなんてあるのかしら。思いつかないわ。」

「これもご主人様のため、なんだよね?」

「そうよ。当たり前でしょう。」

「ご主人様は…すごい愛されてるよね。」

「そうよ。栴はうんって言わないけど…っいったぁぁい!!」

「ふぉ?!?!」


 ちょっと遠くまで花園を眺めていたところへ富貴草の悲鳴が聞こえて、驚いて振り返る。と、すぐ横に神鷹さんが富貴草の花を上から掴んで、というか既に握りしめていた。

「しんよおさぁん?!何してんですか!」

「御魂様が花をご所望です。ついでにおしゃべりも止めてこいと栴からの言いつけですので、一度で両方とも済ませます。」

 言いながら神鷹さんは、富貴草の花をむしり取った。

 茎の方から、少々いじけた声が聞こえる。

「なんで私だけ怒られるの?この子のおしゃべりに付き合ってあげただけよ。」

「雪花は御魂様のものです。御魂様が雪花に自由にして良いと仰られたからには、栴は何も咎めません。」

「ふうーん?」

 富貴草の声は既に機嫌を直していた。


「じゃあ、この子は何言ってもいいのねぇ。」

 言いながら、富貴草の茎の先にはもう小さな蕾が生え始めている。ちょっとこそこそ声で、いたずらっ子のように神鷹さんに茎を寄せる。

「つまり、この子になら、何を言わせても良いってことよね。ねぇ、神鷹?」

「あなた方がその都度摘み取られても構わなければ、いいんじゃないでしょうか。」

「あらぁ、お召しいただけるのならなんの憂いもないわ。やった!雪花、またおしゃべりしに来てね。私たちだけじゃ栴は手厳しいもの。」

「栴様が厳しい、てどんな?」

「あんまり煩いと思わせると、そのうちに喋れないように造り変えられちゃいそうでしょ。でも雪花がいればお咎め無しよ、すごいわ。」

 摘み取られたのはやっぱりお咎めのうちに入らないみたいだ。富貴草はるんるんと勢いよく風に身を揺らした。

「ね、みなさん、聞いていたでしょう?聞いたわよね?」


 すると、そよ風と共に囁き声があちこちから届いた。

「聞いた聞いた。いいものがやってきたわね。」

「雪花、次は私とお話ししましょう。」

「冬の間だけでしょ?いっぱい来てくれないと。」



(っていうか、この話も全部聞かれてるかも、ってことだよな?じゃあ…)

 精いっぱい分かっていない振りをしながら、富貴草たちに答える。

「栴様は喋れなくなんてしないと思うなぁ。だって栴様は弱いものを虐めたりしないって、ご主人様がそう言ってたもん。」


 富貴草たちの、悲鳴にも似た歓声に包まれながら、してやったりとニヤニヤするのを頑張って抑える。ご主人様の微笑を真似てできるだけ綺麗に微笑もうと挑戦してみた。

「雪花、あなたも行きますよ。」

「はぁい、へへ。」

 神鷹さんに連れられて富貴草たちに別れを告げる。去り際まで、花たちはぶんぶんと首を振り回して騒ぎ続けていた。

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