第12話
「うわ…こんなの見たことない…」
思わず漏らした嘆声に、ご主人様は悲しげに眉を落とす。
「もっと、模様を入れたほうがいいかしら…」
「いやもうありえないくらいびっくりですから!!すごい!すごい綺麗です!こんな綺麗な布、見たことないです!」
採れた糸を撚って、次は機織りをしている。
機織り部屋は、私に当てがわれた部屋のすぐ近くだった。ご主人様はこちらが気が滅入るほどの集中ぶりで、極めて細い糸を、しかも微妙に色合いの違う糸同士を組み合わせて黙々と手を動かしていった。
出来上がっていく布地をぼーっと見つめながら、途中であることに気づいて己の眼を疑った。ほんの少しの色味の違いで、一見すると柔らかい練り白一色の無地のような布地に、ふとした瞬間に模様が浮かび上がるのである。
ご主人様が布を送る一瞬に、今度は花びらの細かい濃淡までがふわりと映る。
(すんげぇ)
もはやそんな感想しか思いつかないほどに、ご主人様の
見せびらかさず、でもどこまでも丁寧な、なんだかご主人様の奥ゆかしい御人柄そのもののような逸品だと思った。
「はぁ〜…。うわぁあー…。」
仕上がった絹布を右に左にと少しずつ揺らして、花鳥の柄が浮かび上がるのを何度も確かめる。
「ほぉぉおお〜!」
「雪花、そんなに面白い?」
ご主人様は不思議そうな顔でこちらを見る。
「すごいです!どうやってこんな模様になるんですか?」
「どうやって?うーん、思いついたお花や鳥の様子を、なんとなく思い浮かべながら織っていくのよ。」
「なんとなく…」
もう一度布を揺らしてみる。
「…」
これがなんとなくで出来上がってしまうのはご主人様くらいだろう。
「すごい…神様の手みたいです。」
「?そうだけど、普通の手だよ。」
「ねぇーほんとに…え?」
「傷だらけだし、あまり見せられたものじゃないけれど。」
「ご主人様のお手は綺麗です!そ、それより、神様って?!ご主人様って本当の神様なんですか?!」
「私、こんなだけれど高天原で生まれ育ったの。だからいちおう、私も天津神なのよ。」
「高天原って、瑞穂の上の、天界?!ですよね!!西王母娘娘のお住まいの崑崙丘と同じ、天界の、神様?!」
「う、うん…」
興奮してご主人様にまた詰め寄ってしまった。ご主人様は目をぱちぱちとさせて、いったいどうしたのかと問うように首を傾げた。
「そんなに意外だった…?」
「わ、私!すっごい勘違いしてて!でも今すごくすっきりしました、ご主人様は神様だったんですね!!うわー!うわーっ!!私神様にお仕えしてるんだ!私てっきり瑞穂っていうから、だからご主人様は鬼の姫様なんだって…ぁあわわ!」
「うふふ、私のこと鬼だと思ってた?」
「…はいぃ」
「いいのよ、あはは。」
ご主人様は気を悪くした風でもなく、むしろなぜか愉しげに笑った。
「それも悪くないなぁ。」
「鬼になるってことですか?嫌ですよう、ご主人様が鬼になっちゃったら!」
「そう?あのね、神も鬼も、そう大差無いのですって。栴が教えてくれたの。」
「えぇ〜…?」
「元を辿ればね、あんまり変わらないのよ。天界から見れば鬼は厄介者かもしれないけれど、鬼から見る天界だって…どうなのでしょうね。」
「鬼が何考えるかなんて想像もできないですけど。鬼が怖くないんですか、ご主人様は。」
ご主人様は「うーん」と少し考え込んだ。
「神ならなんでも恐くないの、雪花は?」
「まぁーねぇーそれは確かにそうですねえ、崑崙丘にはロクでもないのもいましたしねぇ。」
「高天原だって同じよ。」
なんだかご主人様の声が少しくたびれてしまったので、元気づけるために例のやつを繰り出す。
「そんなこと言っても、栴様は別ですよね。栴様が鬼になっちゃったら困っちゃうでしょう?」
安心の栴様ネタである。栴様の話になれば、ご主人様は笑顔に戻るのだ。
「栴が鬼なら…?」
が、ご主人様は予想を超えて恍惚として呟いた。
「栴が鬼になれたら、私も連れていってくれるかしら…」
ご主人様は慌ててこちらに向き直った。
「って、思っただけ。」
「どこに行っちゃうんですかぁ、ご主人様ぁ!」
「思ってるだけよ。内緒ね、内緒にしててね雪花。」
「またそれですかぁ、もぉ〜…ご主人様、まだ何かするんですか?」
ご主人様はいきなりせかせかと動き出した。色とりどりの糸と針山を並べていく。
「その絹布に刺し模様を入れるのよ。」
「うっそでしょ?!まだやるのぉ?!」
すでにうっとりする出来の布地にまた更に手を加えると聞いて、布を握りしめてのけ反った。
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