第2話
「ひゃあー、馬車って速いんだなぁ」
馬は次第に駆け足になっていた。ビュンと風を切って、馬車は草原のなかを駆け抜けていく。
「あまり顔や手を出さないように。」
御役人に言われて、慌てて身を引っ込める。
「あのう、私はこれからどうなるのでしょうか。」
「聞いていないのか。東邦におわす貴い御方のお話相手として、冬が明けるまでお仕えするのだ。」
「聞きましたけど…嘘ですよね、それ?」
「失礼な
「だってあんなにたくさん…私、殺されちゃうんでしょうか」
「話し相手だと言うとるだろう。」
「その姫様が、生き血をすするのがご趣味とか」
「こんな貧相なのを食ったってな。」
「まあーねえー…それもそうですねぇ。」
ひどい言われようなのだが妙に納得して、ひとまず到着して即死ということはなさそうだと安心し始める。
(じゃあ、すっごい意地悪なお姫様なんだろうな…誰も続かないくらい。)
覚悟を決めるために、ゆっくりと深く息を吐いた。
馬車はいつの間にか、赤茶けた大地の上を駆け抜けていた。
「ちょーっと貧相すぎるんじゃないの?これじゃ、突き返されたって文句言えないわよ。」
最後に急な山肌を駆け上がり、馬車がたどり着いた先の門前で降ろされる。門の前に立っていたやたら美麗な貴婦人が私を見るなり大きな羽飾りの扇で鼻を隠し、汚いものを見る目つきでこちらを値踏みした。
「先方のご指定通りに探してまいりました。」
「はぁ…あなた、名前は?」
「はっはぃっ
「名前も田舎っぽいわねぇ。もぉ~ひとまず全身洗って着替えなさい。公主に判断していただきましょう。」
あれよあれよと連れて行かれた先で、着てきたものを取っ払って頭から足先までなんだかいい匂いの湯で清められ、目玉が飛び出るような上等な衣を着せられ、髪を高く結われる。私は嫁入りでもするんだろうかと一瞬夢見心地になって、もしかしたらわがまま姫君のお相手ですらなく本当に娼婦にでも堕とされてしまうのだろうかと怖気付き、心を落ち着かせるため今は亡き母の優しい声を思い出したり、お腹いっぱいになって幸せそうに眠る弟妹の顔を想像したりしてみた。そうなったら、帰ってから結婚出来るのかな。でも、まあいいか、しょうがないよね、なんて自分に語りかける。結婚より割が良いのは確かなのだから、と。
それから連れていかれた先は、これまたとんでもなく豪奢な貴婦人の居室だった。
「公主、献上品の娘を連れてまいりました。」
公主、と呼ばれた貴婦人はゆっくりと振り返る。
先程まで私をわしゃわしゃと世話していた貴婦人たちは召使いだったのだと言われずとも分かるくらい、着ている物も立ち居振る舞いも別格だ。公主様って本当にいたんだなぁ、おとぎ話だけだと思ってた。なんて思っていたらうっかり口が開いていたことに気がついた。緊張し過ぎてそろそろ顎が痛い。
(この公主様が、これから私の主人…)
とても綺麗なお方だ。
なのだが。
なんとなく、どうしても滲み出るものがあるというか。
(やっぱり、すげえ性格悪そう。)
「ふーん…」
公主様は朝露みたいにキラキラした瞳をゆっくりと動かして、こちらの上から下までを吟味した。
「こうしゅさま!」
「あんたは黙ってなさい」
ちゃんと挨拶しようとしただけなのに。すかさず後頭部を
公主様はにいっと笑うと、うんうんと頷いた。
「いいんじゃない。ちゃんと、躾のなってなさそうな田舎娘だわ。」
「えぇっ?!」
「黙ってなさいってば、もう。」
再びベシッと叩かれて、あ、そうか、勝手に喋るなという意味かと理解する。公主はこちらにはもう全然興味のなさそうな素振りで立ち上がり、「おいで」と一言だけ言ってするすると部屋を出ていってしまった。
ほら立って、と急かされて立ち上がる。急いで公主の後を追うと、ペタペタと足音が響いた。召使いの貴婦人も一緒に歩いているはずなのに、自分だけ足音が大きくてちょっと恥ずかしくなる。
田舎娘ってこういうことだろうか。ちらりと歩き方を盗み見ると、貴婦人はまるで宙に浮いているかのように滑らかに歩むのだった。
着いて行った先はだだっ広い花畑のようなところだった。とにかくずっと向こうまで色とりどりの花が咲いている。凄く険しい山を登ってきたはずなのだが、山の上にもこんな広い場所があるのだなぁ、とただ驚いた。村の外には知らないことがいっぱいだ。
しばらく歩いたかと思った頃、公主様は先ほどとは打って変わって甘い猫撫で声を出した。
「
公主様の先には人影がひとつあった。それがゆらりと揺れる。公主様に一礼したのだった。
だが、その相貌にすうっと血の気が引いていく。
「
「いかがかしら。ご希望に沿うよう、あちらこちらを探しましたのよ。」
その影がこちらを見る。目があうかと思って、咄嗟に俯いた。
それは、人の衣を着た獣だった。
獣は静かに答える。
「申し分ない。お心尽くしに御礼申し上げます。」
「
「はい。日頃休みなくお勤めの大神です、麗華公主との逢瀬を心待ちにしていたことでしょう。」
「天子様にお取りなしくださるわね?」
「我が
「ふふっ」
公主様は思いのほか可愛らしく笑った。獣は再び静かに一礼して、さっと踵をかえす。
召使いの方の貴婦人に背中をつつかれ、ついて行きなさいと追い立てられる。動悸でくらくらしながら、なんとか後ろについて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます