31 ニーナ
ゴメンネ……ゴメンネ……
どこからか聞こえてくる無機質な声に、逢坂はふと目を覚ました。地球外生命体に瞬間移動で連れ去られたことは覚えている。しかし、その後どうなったか記憶がない。瞬間移動の原理は不明だが、三半規管に作用するものらしく、瞬間移動直後は強い
辺りを見渡すと、そこは局の近くにある臨海公園だと分かった。周りに人はいない。青々とした芝生が広がる広場に、大きくて太い木が1本立っていて、その木の根元に、逢坂は寄りかかっていた。腕に何かが触れている感覚がして、見下ろすと、1体の地球外生命体が腕に抱き着いていた。
「ゴメンネ……ゴメンネ……」
どうやら、さっきの声の主はこの地球外生命体らしい。甘えるような仕草や、他の個体と比べると体が小さいことから、幼い子どものように見えた。
「『ゴメンネ』って、何が?」
逢坂が話しかけると、地球外生命体は顔を上げた。瞳は潤んでいて、泣いているように見えた。
「ヨカッタ。起キタ」
泣いていた顔が、安心したような顔に変わった。地球外生命体にも表情筋があるのだろうか。
「痛ク シテ ゴメンネ」
地球外生命体は逢坂の頭を撫でた。まるで患部を
そういえば、地球外生命体の声が聞こえるのに、今は頭痛がしない。
「触レテ イレバ 頭 痛ク ナラナイ」
地球外生命体は逢坂の手を取って、ぎゅっとにぎった。手の平がじんわりと温かい。地球外生命体にも体温があるなんて知らなかった。目を閉じれば、人間の子どもと手を繋いでいると言われても分からないだろう。
しかし、相手は地球外生命体。それも、死刑になったミッシュを捕らえに来たのだ。油断すべきではない。
「他の地球外生命体はどこにいるの?」
「ミッシュ 連レテ 帰ル 準備シテル」
周りを見渡しても、地球外生命体らしきものは見当たらない。しかし、姿が見えなくなるフィルターを装備しているだけかもしれない。
「私に見えないだけ?」
「ミンナ イナイ。ココ ニ イル ノ ニーナ ダケ」
「ニーナって、あなたの名前?」
「ウン。ヨロシク ネ」
「逢坂せつなよ。よろしく」
まさか自分を誘拐した地球外生命体と自己紹介をし合うなんて、思ってもみなかった。
あんな大所帯の地球外生命体に誘拐されたときは一巻の終わりだと思ったが、誘拐するだけした後は、逢坂を攻撃するでも監禁するでもない。身動きは自由に取れるし、喋ることもできる。スマホで久我に電話をかけることもできる……と思ったが、充電切れのせいでそれは叶わなかった。
逢坂の人質らしさといえば、ニーナと名乗る地球外生命体が見張りをしていることくらいだ。しかし、1体で見張りとはあまりにも手薄だ。逢坂が気絶している間に穂浪を通じて、逢坂とミッシュの交換交渉が成立していたとしても、人質をこんなにも自由にさせておく意味が分からない。逢坂が逃げないとでも思っているのだろうか。それか、ニーナが、逃げ出そうとした人質を制圧できてしまうほどの腕利きか。もしくは、逢坂を捕らえておくよりももっと重大なことに人員を割いているか。もしそうだとしたら、「もっと重大なこと」とは何だろう。ニーナの言っていた「ミッシュを連れて帰る準備」だろうか。
「自己紹介ついでに教えてくれない? あなたたちの目的は何なの?」
「ミッシュ 連レテ 帰ル」
「故郷に帰ったら、ミッシュの死刑が執行されるの?」
「ソウダ」
「ミッシュはどうして死刑になったの?」
「人間 ト 仲良ク シタイ ト 言ッタ カラ」
「それだけ?」
「我々ヲ 攻撃スル 人間 ト 仲良クシヨウ ト スル ミッシュ、危険 ト 判断サレタ」
「誰がそう判断したの?」
「民衆ダ」
「民衆って、故郷の人たち全員ってこと?」
ニーナは首を横に振った。
「一部ノ者ハ ミッシュ 支持シテイタ」
「ミッシュにも仲間がいたのね」
「ソウダ」
「仲間たちも死刑になったの?」
「死刑ハ ミッシュ ダケ。悪イ ノ ミッシュ ダケ。裁判デ ミッシュ ソウ 証言シタ」
「ミッシュは全ての罪を背負って、仲間を守ったってこと?」
「ソウダ」
そう呟くと、ニーナは俯いた。その表情を見て、逢坂は、ある一つの仮説を思い付いた。この仮説が正しければ、人質を拘束しない理由にも、地球のことを勉強したというミッシュ以外に人間の言葉を用いる地球外生命体がいることにも、俯いたニーナが見せた悲しげな表情にも、合点がいく。
「ねぇ、ニーナ。もしかして、あなたたちの本当の目的は……」
逢坂がそこまで言いかけたときだった。ニーナがハッと顔を上げ、急に立ち上がった。そして、空を見上げると、睨むように目を凝らした。
「どうしたの?」
空を見上げてみるが、雲一つない青空が広がっているばかりで、何も異変は見られない。
「……来タ」
「来たって何が?」
「隠レテ」
言うが早いか、ニーナは逢坂の体を抱えると、トランポリンでジャンプしたように高く飛び上がり、木に登った。木の枝を足場にして、鬱蒼と茂る葉の陰に隠れる。
一体何が「来た」のかも、隠れなければいけない理由も分からない。しかし、警戒するように辺りに目を凝らすニーナが、縋るように腕に抱き着いていることに気付いて、逢坂は何も言えなくなった。
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