32 チームワーク


「ぐあ゙ぁ! 苦しい! 息ができないぃ!」


 急に毛利室長がもがき苦しみ出し、久我は目が点になった。本当に苦しんでいたら直ちに救命措置に移るところだが、どう考えても猿芝居だ。


「誰かっ……! 誰か来てくれぇ……!」


「も、毛利室長? 大丈夫ですか? ……別の意味で」


 床に倒れ込み、息ができないと言いながら腹部を押さえる毛利室長を前に、久我はどうすればいいか分からず、とりあえずオロオロした。


「毛利室長! 大丈夫ですか!」


 バーン! と室長室のドアが開き、安藤が入って来た。


「志田! ストレッチャーを持ってきて!」


「了解!」


「荒木さん! 君は大きめの毛布を!」


「はい!」


 ぐったりとしている毛利室長の気道確保をしながら、安藤が志田と荒木に指示を出す。緊迫した場面のように見えるが、相変わらず毛利室長は「今度は心臓が痛くなってきたぁ……!」と言いながら頭を押さえている。


 志田がストレッチャーを室長室に運び入れ、荒木は毛布を持って来た。荒木がドアを閉めると、毛利室長はさっきまで苦しんでいたのが嘘のように(実際嘘だったんだろうけど)、むくりと起き上がった。


「よし! ミッション1クリアだ!」


 グッと毛利室長が親指を立てると、安藤、志田、荒木もグッと親指を立てた。


「は……?」


 久我は呆気に取られた。何が何だか分からない。しかし、誰も説明をしてくれない。


「ミッション2、開始!」


「了解!」


 毛利室長の合図で、安藤は急に久我を抱え上げた。


「は!? ちょ、何してんですか!?」


「シーッ! 大きい声出さないで。AMLにバレちゃう」


 言いながら、安藤はストレッチャーに久我を寝かせた。


「そうそう。せつなちゃん救出のためよ」


「久我さん、今は大人しくしてください」


 志田と荒木は毛布の両端を持って、久我に覆い被せた。


「よし。ミッション2クリア。次は最終ミッションだ。安藤くん、志田くん、頼んだよ」


「了解!」


「いや『了解!』じゃないですって! ちゃんと説明してくださいよ!」


「AMLに地蔵されてちゃ、久我くん、ラボから出られないでしょ? だから、ストレッチャーで脱出させてあげんのよ。分かったら大人しく『体調不良の毛利室長』のフリしときなさい」


 志田はそう言って、ストレッチャーを動かし始めた。


「久我くん、まずは総司令官に会いなさい」


「会ってどうするんですか?」


「逢坂くんを助けられるように話を付けるんだ」


 毛利室長の言葉に、「そんな簡単に……」と久我はため息を吐いた。しかし、やらねばならない。


 室長室のドアが開く。室長室から出てきたストレッチャーに、AMLの研究員たちが振り返る。


「ちょっと! 病人が通るんだから道空けて!」


「室長、大丈夫ですからね。今から医務室に運びますから」


 志田の気迫に、AMLの研究員たちはたじろいだ。そして、安藤の鬼気迫る演技に、ストレッチャーに乗っているのが毛利室長ではないなどと疑う様子はない。なるほど、これが「強行突破」か。毛布の隙間から、グッと親指を立てる美樹が見えた。


 ストレッチャーに乗せられながら、久我は廊下を疾走していた。安藤と志田が走って運んでいるため、ガラガラとうるさいし、ガタガタと揺れるもんだから、乗り心地は最悪だ。久我が本当に病人だったら、余計に体調を悪くさせている。


 あー気持ちワリぃー……と、深呼吸で吐き気を誤魔化しながら、久我はガラガラとガタガタを耐えた。


「ちょっと安藤さん、総司令室ってこっちで合ってるんですか?」


「そうだと思ったんだけどねぇ」


「よく知らないんですか!?」


「普段、総司令部の棟なんて来ないからねぇ」


「え、てことは私たち迷子? こんな大荷物抱えて迷子?」


「いやいや、まだそうと決まったわけでは」


「……あの、ちょっとスピード落としてくれません? 吐きそう……」


「うっそ、久我くんって乗り物酔いするタイプ?」


「ゔぇえ……」


「志田、ちょっとスピード緩めよう」


「私もそうしたいけど……慣性の法則って知ってます?」


「あぁ、うん、走行中の新幹線でジャンプしても、ってやつだよね」


「今まさにそれ」


「つまり?」


「車は急には止まれない!」


「おいおい! スピード緩めるどころかどんどん加速してるよ!」


「どうしよう……! ……あ、総司令室の標識あった」


「でかした志田! このまま真っ直ぐ進んだ突き当りのようだ!」


「でも止まらないよ! どうしよう!」


「ゔ、ゔぷっ……」


「久我くん! 頑張れ! こんなところでゲロったら男がすたるぞ!」


「ギャーッ! ぶつかるー!」


「お゙ぇえ゙……」



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