30 監督官


「穂浪三等空曹」


 機体操縦室に向かう途中、穂浪は声を掛けられた。振り返ると、佐伯二等空佐がこちらに歩いてくるのが見えた。


「総司令官がお呼びだ。私と一緒に来なさい」


「え? 総司令が?」


 佐伯二等空佐はそれ以上説明することなく、付いて来いというように歩き出した。穂浪はよくわからないまま追いかけた。


「あの、佐伯さん……」


「なんだ」


「俺、これからどうしてもやらなきゃいけないことがあって……」


「総司令官が直々にお呼びなんだぞ。後にしろ」


「いや、でも……」


「全く……貴様はどう理由を付けたら大人しく言う事を聞くんだ?」


 ため息交じりの上官のぼやきに、穂浪は「すみません……」と申し訳なさそうにするしかなかった。腕時計に視線を落とす。このまま総司令室に行っていたら、久我との約束に間に合わない。どうにかしてこの場を切り抜けるか、久我に間に合いそうにない状況を連絡するかと、佐伯の一歩後ろを歩きながら考えていたときだった。


「そのアタッシュケース、何が入っているんだ?」


 唐突に、佐伯二等空佐が声を潜めて尋ねた。穂浪の心臓はドキリと震えた。ごちゃごちゃと考えていた作戦が一瞬にして消し飛んだ。


「……大事なものです」


「まさかと思うが、地球外生命体が入っているなんてことはないよな?」


「えぇっ!?」


 と、大きな声を出してしまってから、それが肯定を表すことになると穂浪は気付いた。慌てて両手で口を押えたが、時すでに遅し。佐伯二等空佐は立ち止まり、ゆっくりと穂浪を振り返った。


「穂浪、今度は何をしでかすつもりだ?」


「ち、違います! この中には何もっ……」


「大きな声を出すな。周りに聞かれたら騒ぎになる」


 佐伯二等空佐は目だけで周囲を窺いながら、小声でたしなめた。


「とにかく、そのケースの中身について総司令官が貴様と話したいと仰っている。もし共犯者がいるならその者も一緒に」


「共犯者って……そんな悪者みたいに……」


「いるんだな? 共犯者が」


「い、い、いません……!」


「相変わらず嘘が下手だな。共犯者はFPLの久我室長補佐か?」


「ち、違います!」


「往生際が悪いぞ。俺が何年貴様のおりをしていると思っている? 遠隔で監視カメラ映像を偽装するなんて手の込んだ細工、貴様にできるわけがない。それに、貴様と久我室長補佐がAMLの地下室にいたという目撃情報があるんだ。ネタは上がってる。大人しく白状しろ」


「……俺、クビですか?」


「それを今から聞きに行くんだ」



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