29 偽装


 地下室の監視カメラ映像を偽装したことがこれほど早く気付かれてしまうとは、AMLをあなどっていた。久我が舌打ちをぐっとこらえたとき、


「久我くん、ちょっといいかな」


 室長室から毛利室長が顔を出した。かと思うと、さっと室長室に引っ込んだ。久我は追いかけるように、室長室に入った。


「君も知っての通り、ミッシュが行方不明になった」


 久我がドアを閉めると、毛利室長は来客用のソファに腰を下ろし、語り始めた。


「地下室の監視カメラに細工がされていたそうだ。過去の映像が繰り返し流れるようになっていたらしい」


 不意に、毛利室長は久我を見上げた。


「AMLは最初、ミッシュが監視カメラに細工をして脱走したと考えた。しかし、それでは辻褄が合わないそうだ。なぜなら、誰もミッシュが地下室から出たところを見ていない。常時警備員がいるのにだ」


 表情を変えない久我に、毛利室長は小さくため息を吐いた。


「ミッシュが行方不明になる前に地下室に入ったのは、面会を希望した君と穂浪三等空曹だけ。驚くべきことに、入室する君たちを見た者はいるものの、退室したところを見た者は誰もいない」


「そんなはずありません」


「穂浪三等空曹がアタッシュケースを持っていたらしいが、中身は何かね?」


「分かりません。あれは穂浪三等空曹の持ち物ですから」


「最近、君たちは仲が良かったね」


「意見交換会の準備について話す機会があっただけです」


「さっきも穂浪三等空曹が君を訪ねて来たそうじゃないか。何の用だったんだい?」


「別に、用という程ではありません。ただの世間話です」


「では、直接的に訊こう。ミッシュはどこにいるんだ?」


「分かりません」


「久我くん」


 毛利室長はゆっくりと立ち上がった。そして、久我の前に進み出ると、肩に手を置いた。


「僕はFPLの室長として、君から真実を引き出さねばならない」


 いつもは柔和な毛利室長の眼差しが、足がすくみそうなほど鋭い。何もかも見透かされそうで――いや、もう見透かされていそうで。息が苦しい。額に脂汗が滲む。指先が痺れる。心臓の鼓動が速くなる。本当のことを吐き出してしまいたくなる。そうして楽になってしまいたくなる。


 毛利室長は、そっと肩から手を離した。そして、声を潜めて尋ねた。


「……逢坂くんに何かあったのか?」


 久我はハッと顔を上げた。毛利室長は心配そうな顔をして、久我を見つめていた。目が合うと、久我の心中を探るようにじっと睨み、そして、何かを見透かしたようにふっと微笑んだ。


「君が無謀なことをするのは、決まって逢坂くん絡みだからね」


 眉を八の字に下げて微笑むその表情は、久我と逢坂の言い合いを止めるときと同じだった。いつもの穏やかな毛利室長に戻っていた。


「僕の個人的な見解はね。逢坂くんの身に何かが起こっていて、それは地球外生命体と関わっていて、さらにそのことを公にすると大きな混乱を招きかねない。というものなんだけど、真実と相違ないかな?」


 普段の会話と同じような口調でさらりと言ってのけると、毛利室長はにこっと笑った。


 この人はどうして何もかも見透かせてしまえるのだろう。今後、敵に回さないように気を付けよう、と誓いながら、久我は無意識にため息を吐いた。


「逢坂が地球外生命体に拉致されました。今すぐ救出に向かわねば危険な状態です。ブループロテクトの特別離陸許可を申請します」


 久我は詳しい事情を説明した。その間、毛利室長は何も言わなかった。しかし、久我が話し終わると、


「希望をへし折るようで悪いけど、特別離陸許可申請を受理することはできない」


 穏やかな口調で、きっぱりと言った。正直、毛利室長は二つ返事で許可してくれると思っていたため、久我は目の前がぐらりと崩れる感覚がした。


「なぜですか?」


 否が応でも語気が強まる。


「君は地球外生命体の脱走を手助けした。そんな君の要求を呑めるほど組織は甘くない。それどころか、今、重要参考人として君と穂浪三等空曹をAMLが探し回っている」


 先程から室長室の外が騒がしいことに気付いてはいた。ミッシュが行方不明になったことで騒ぎになっているのだと思っていたが、違う。久我から事情聴取をしようと、AMLが乗り込んできているのだ。


「この騒動が落ち着かないことには、ブループロテクトを飛ばすことは不可能だ。……地球外生命体の出現が報告されない限りね」


 含みをもたせて付け足した毛利室長は、久我と目が合うとにやりと笑った。


「どういう意味ですか?」


「穂浪三等空曹を連れて局を抜け出し、逢坂くんを探しなさい。逢坂くんを拉致した地球外生命体の居場所がわかったら、僕に連絡すること。匿名で地球外生命体出現の報告があったことにして、君たちをブループロテクトで保護しに行くから。いいね?」


「分かりました。……毛利室長、ありがとうございます」


「お礼なら、僕じゃなくて佐伯二等空佐に言うべきだよ」


「佐伯二等空佐、ですか?」


「AMLが君と穂浪三等空曹に疑いの目を向けていると僕に忠告してくれたのは、佐伯二等空佐だ」


「どうして……」


「あの人は昔から鼻がいいんだ」


「お知り合いなんですか?」


「まぁね……と、こんなところでお喋りしてる場合じゃなかったね」


 そう言うと、毛利室長はドアを少しだけ開け、外の様子を覗いた。


「安藤さん」


 ドア付近で待機していた安藤が振り返った。ドアの隙間から、AMLの研究員たちが志田に聞き取りをしているのが見えた。志田は呆れた顔でため息を吐き、「だからぁ、久我くんはまだ出社してないし、遅刻の理由なんて知らないって言ってるじゃないですか」と声を荒らげている。


「AML、まだ帰りそうにありません。久我くんが来るのを待つつもりのようです」


 安藤はAMLにバレないように、室長室に背を向けたまま小声で状況を説明した。どうやら安藤を初めFPLの研究員たちは、毛利室長と同じ考えのようだ。


「参ったなぁ……こうなったら強行突破しかないか……?」


 ポリポリと額を掻きながら、毛利室長はため息を吐く。そして、一度ドアを閉めて、久我を振り返った。


「実は、総司令官が君をお呼びなんだ」


「はい?」


「君と穂浪三等空曹を総司令室に連れて行くよう指示が出た」


 総司令官は、地球外生命体対策局東京支部のトップだ。室長補佐の久我ですら、実際に会ったのは(「会った」というより「遠くから見た」と言った方が適切だが)片手で数えられるほどしかない。そんなお偉いさんが直々に呼び出されるなんて、一体どういう状況だ。



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