28 瞬間移動


 久我と穂浪は、地球外生命体に瞬間移動という能力があることを初めて知った。地下室にいたはずなのに、ミッシュと手を繋いだ次の瞬間、晴れ晴れとした青空の下にいたのだ。そこは局の屋上だった。瞬間移動直後はぐるぐるバットをやった後のように目が回ってしまい、真っ直ぐ立っているのが精いっぱいだった。しかし、ミッシュはまるで平気な様子で、眩しそうに目を細めながら天を仰ぎ、久しぶりの外の空気を味わうように深呼吸した。


「おい、地球外生命体と交信って、どうやるんだよ?」


 目の前がぐわんぐわん揺れる気持ち悪さを我慢しながら、久我は苛立った口調でミッシュを急かした。


「まずはあちらの居場所を検索します」


「そんなことできるの?」


 簡単なことのように言ったミッシュに、穂浪が目を見張る。眩暈はもう治まったようで、しっかりと両足で立っている。さすがパイロット。回復が早い。


「我々には独自の通信機能が備わっているのです」


「通信機能?」


「人間の電話みたいなものです。ワタクシが発信したメッセージがどこで受信されたかを特定できれば、逢坂さんを連れ去った地球外生命体の居場所を突き止められます」


 ミッシュの説明に、久我は穂浪のように逐一リアクションしなかったが、実のところ内心ではかなり驚いていた。人間が知り得る地球外生命体の情報はほんの一部でしかないと知らしめられた。


「そんなすごい機能があるなら、逢坂さんを人質にとらなくたってミッシュの居場所分かるんじゃないの?」


「それを見越して、ワタクシは他の地球外生命体からメッセージが来ても受信しない設定にしているのです」


「着信拒否みたいなこと?」


「左様でございます。それから、こちらから交信しても、非通知に設定しておりますので、ワタクシの居場所を知られることはありません」


「へぇ、便利だねぇ」


 ミッシュは目を閉じて、空を仰いだ。交信を始めたのだ。穂浪は話しかけるのを遠慮した。


 青空に浮かぶ大きな雲の塊が、ゆっくりと動いていく。ザァ、と風が一つ吹いた。閉じていたミッシュの目が、パッと開く。


「臨海公園」


 ポツリと呟くと、ミッシュは久我を見上げた。


「逢坂サマのいる場所は、臨海公園です」


「無事なのか?」


 焦る気持ちを抑え込みながら、久我は問い詰めた。


「分かりません。しかし、逢坂サマを無傷で引き渡すことを条件にと念を押しておきました。先方はそれに了承しましたので、今のところ無事と思われます」


 ミッシュの返事を聞き終わるより先に、久我は歩き出した。穂浪も急いで久我を追いかけようとしたが、ミッシュを置いて行きそうになったことに気付き、慌てて引き返した。そして、用意しておいたアタッシュケースにミッシュを入れた。久我の方を見ると、もう屋上を出て行ってしまっている。穂浪は急いでアタッシュケースの蓋を閉め、猛ダッシュで追いかけた。


「穂浪さん、離陸準備をお願いします」


 久我は速足で廊下を闊歩しながら、冷静な面持ちで告げた。穂浪はぎょっとして、久我の顔を見やった。


「まさか、逢坂さんをブループロテクトで迎えに行くつもりですか?」


「相手は地球外生命体です。生身の人間が出て行って攻撃を受けでもしたら、逢坂を救出するどころじゃありません」


「それはそうですけど……離陸許可、出てませんよ?」


 真っ当なことを言う穂浪に、久我は「この人に規則について指摘されるとはな」と苦笑した。


「特別離陸許可申請を出します。事情は俺から毛利室長に説明しますから、申請が通ったらすぐに離陸できるよう準備しておいてください。俺が管制しますから、詳しい作戦の内容は離陸後に伝えます」


 申請が通らなかったらとか、FPLの許可が下りても機体操縦室の許可が下りなければいけないのではとか、穂浪の頭には珍しく堅苦しい考えがいくつもよぎった。しかし、計画の不明瞭さを指摘したところで、久我が自らの計画を変更することはないだろう。穂浪は言いたいことを喉の奥に押し込み、「分かりました」とだけ言った。


「では、10分後に」


「はい。10分後」


 穂浪は廊下の角を右に曲がり、機体操縦室へ。久我は左に曲がり、FPLのラボへ向かった。


 久我は制服の襟を正しながら、「さて、どうしたものか」と心の中で呟いた。さも計算済みの作戦が脳内にあるように振る舞ったものの、実のところ作戦と言える作戦はなかった。いくつか思い付くものはあっても、どれもが危険性や成功率を鑑みると欠陥ばかりである。出し惜しみするかのような言い方に穂浪がうまく騙されてくれたはいいが、大変なのはここからだ。


 まずは、特別離陸許可申請の理由を毛利室長にどう説明するかだ。毛利室長は仲間意識の強い人だから、逢坂が地球外生命体にとらわれたとなれば、仲間の救出を最優先で考えるだろう。しかし、特別離陸許可を出す権限を室長は持ち合わせていない。特別離陸許可は、緊急時に総司令官が直々に下す特別なものだ。毛利室長が特別離陸許可申請に同意したとしても、その認可が下りるのは、毛利室長が研究部部長に申請を出し、それを研究部部長が総司令部に伝達し、さらに総司令部の上官が総司令官に伝達してからだ。そんな手続きを踏んでいては、逢坂の救出が遅れてしまう。ましてや、これは全ての上官が申請を許可した場合の想定だ。上官の誰か一人でも申請を否認すれば、全てが振り出しに戻る。


 特別離陸許可申請など出さずに、ブループロテクトを離陸させる方法はないか。そんなことを考えながら、久我はFPLのラボのドアをくぐった。そのときだった。館内放送のスピーカーから、警報が鳴り響いた。


「緊急事態発生! 緊急事態発生! AMLの地下室で保護していた地球外生命体1体が行方不明! 繰り返す! AMLの地下室で保護していた地球外生命体1体が行方不明!」



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