25 接触


 沈黙を破って穂浪が話し始めたのは、局の建物が見えてきた頃だった。


「逢坂さんが寝ちゃった後、久我さんと話したんです。今日の就業後に誘拐するって」


 それはまた展開が早い。


「久我、焦ってるのかしら……」


「いつ地球外生命体の陣営が動くか分からないから、先手を打っておきたいそうです」


「焦ってるのね」


「俺は地下室から誘い出す役を頼まれました。逢坂さんにはそのサポートをしてほしいって」


「その間、久我は何をしてるんですか?」


「無線で俺たちに指示を出してくれるそうです。誘い出したら、アタッシュケースに隠して、局の屋上で合流することになってます。その後の交戦交渉は久我さんがやるって」


「そんなにうまくいくでしょうか?」


「大丈夫ですよ。久我さん言ってました。『全ての指示は俺が出します。失敗なんてさせません』って」


 まったく、どこからそんな自信が湧いてくるのか。


「過信はよくないって言ってやってください。『悲観的に準備し、楽観的に対処せよ』ってよく言うじゃないですか。ミッシュだってそう簡単に誘いに乗るかわかりません」


 と、ここにいない久我に向けた忠告を述べたときだった。





















「オマエ ミッシュ シッテル?」











 どこから聞こえたのかはわからない。というより、脳内に直接語りかけられているような感覚だった。突然のことに驚いて、逢坂は足を止めた。穂浪が不思議そうに振り返る。


「どうしました?」


 反応を見る限り、穂浪には今の声が聞こえていない。周囲を見回しても、声が聞こえている人は逢坂以外にいないようだ。


「さっき声が……」


 そこまで言いかけたとき、また声がした。


「オマエ ミッシュ シッテル?」


 脳内に声が響くのと同時に、ズキンと鈍い頭痛がした。激しい痛みに、思わず顔が歪む。眩暈めまいがして、逢坂はぎゅっと目を閉じた。まともに立っていられない。


「逢坂さん!? 大丈夫ですか!?」


 ふらついた逢坂を、穂浪が慌てて支える。


「ミッシュ ドコ イル?」


 声が聞こえる度に、ズキズキと頭痛がする。支えてもらわないと立っていられない。それでも、逢坂は周りの状況を把握しようと目を開けた。


「ミッシュ ノ イバショ オシエロ」


 目を閉じる直前までいなかった。いや、見えていなかっただけで、ずっとそこにいたのかもしれない。


「穂浪さん……」


 頭痛のせいで意識が朦朧もうろうとする。体に力が入らない。でも、この声は自分にしか聞こえていない。だから、状況を伝えなければならない。


「穂浪さんには見えていますか?」


「えっ? 何が?」


 穂浪の困惑した声から、逢坂に見えているものが、他の人には見えていないということが分かった。


「落ち着いて聞いてくださいね……今、目の前に地球外生命体の集団がいます」


 穂浪は逢坂の肩を抱いて支えながら、逢坂の視線の先を見据えた。見えないそれに、穂浪はじっと目を凝らす。ゴクン、唾を呑み込む。


「……集団って何体ですか?」


「ざっと見た感じ10体近くいます」


 声が聞こえなくなったおかげで、頭痛が引いてきた。自力で立てそうだったが、穂浪は放してくれなかった。


「なんで逢坂さんには見えて、俺には見えないんですか?」


「憶測ですが、地球外生命体の能力で、私にだけ声が聞こえたり姿が見えたりするようにしているんだと思います。私にだけフィルターを解除しているみたいな」


「そんな能力聞いたことがないんですけど、それって俺の勉強不足?」


「いえ、そんな能力は現時点で報告されていません」


 人間が知っている地球外生命体についての知識は、想像よりも浅かったのだ。現に、人間の言葉を理解し会話できる地球外生命体がいることだって、ほんの数週間前に判明したくらいだ。


 しかし、今、目の前にいる地球外生命体はミッシュとは少し違っていた。ミッシュは人間と同じように口から発声して話していた。それも日本語を流暢に操って。その点、さっきから聞こえてくる声はカタコトで、口から声を出すのではなく、脳内に信号を送っているようだった。外部から脳内の神経回路に直接作用したため、その影響で神経が乱れ、頭痛が起きたのかもしれない。雨の日に低気圧の影響で頭痛が起こりやすくなるのと同じような現象だ。


「ミッシュ ドコ イル?」


 地球外生命体たちは身動き一つせず、じっと逢坂を見つめている。表情は変わらない。脳内に聞こえる声は単調で、その感情を推し量ることはできない。


「ミッシュの居場所を知ってどうするの?」


「コキョウ ニ ツレテ カエル」


 声が響く度、激しい頭痛に襲われた。だけど、情報を引き出すことが優先だ。


「故郷? ミッシュに故郷があるの?」


「オマエ ミッシュ ノ ミカタ?」


「味方でも敵でもないわ。私たちは人間と地球外生命体の争いを止めたいだけ」


「ミッシュ モ オナジ コト イッテタ。 ダカラ ミッシュ ハ……」


 そこで声が途切れた。同時に頭痛が止んだ。目の前の地球外生命体たちが消える。バチッ、と大きな静電気のような音。逢坂の肩を抱いていた穂浪の手が弾かれるように離れる。3体の地球外生命体が、穂浪を後ろから羽交い絞めにする。


「逢坂さん! 逃げて!」


 穂浪の叫ぶ声。喉が引き千切れそうな声。


「ミッシュ、 ニンゲン ト ナカヨク シタイ、 イッタ。 ダカラ……シケイ ナッタ」


 ズキン、と頭痛がした。逢坂は倒れそうになった。だけど、倒れなかった。2体の地球外生命体が逢坂の腕を両端から掴んだからだ。


「ミッシュが、死刑……?」


 人間と仲良くしようとしたせいで死刑になった? 死刑になったのに、どうしてミッシュは地球にいるの? ここにいる地球外生命体たちはミッシュを追いかけて来たっていうこと? ミッシュを処刑するために?


 ズキン、また激しい頭痛がした。


「逢坂さん!」


 穂浪の呼びかけに振り返ろうとしたが、体に力が入らない。頭痛のせいでぼーっとする。両腕を掴んでいた地球外生命体たちが宙に浮き、ゆっくりと上昇し始めた。逢坂の体が宙に浮く。


「逢坂さん!」


 地球外生命体の姿は見えていなかったが、穂浪は両腕を力いっぱい振った。纏わりついていた地球外生命体たちが宙に振り飛ばされる。身軽になった穂浪は駆け出した。


「ミッシュ ツレテ キテ クレタラ カエシテ アゲル」


 その声は、逢坂だけでなく穂浪にも聞こえた。


「待って、逢坂さん……!」


 手を伸ばした穂浪の指先が、逢坂のパンプスのかかとをかすめた。直後、逢坂は知ることになる。地球外生命体に瞬間移動という能力があるということに。



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