7 三号機


 任務終わりのラボは、どんよりと疲れ果てた雰囲気が漂っていた。


「どうも~。昼食配達サービスで~す」


 そんなラボには不釣り合いなほど明るい声とともに、岡持を抱えたはっちゃんがラボに入って来た。はっちゃんは食堂でパートとして働く、34歳バツイチ子持ちのとにかく明るい主婦である。


 精神と脳みそを酷使したせいで腹ペコの研究員たちは、はっちゃんがテーブルに置いた岡持にのそのそと集まっていく。


「どうしたの? みんな、いつも以上にぐったりしてない?」


 ゾンビの如く食事に群がる研究員たちの姿に、はっちゃんが首を傾げる。


「まぁ、色々あってね……」


 逢坂は苦笑いを浮かべながら、三号機を担当していた荒木あらきをチラリと見た。食事を取る気分にならないのか、デスクに座ったまましょんぼりとしている。荒木は今年の春にFPLに配属されたばかりの新人で、単独で管制を行うのは今回が初めてだった。


「え? 今回のターゲットは温和な性格だから、追い返すの簡単だったんじゃないの?」


 はっちゃんの言葉に、荒木が今まで我慢していたものを吐き出すように泣き出した。


「全然簡単じゃなかったよ! もうすっごく大変だったんだからぁ!」


 うわーんと泣きじゃくる荒木を、逢坂がよしよしと宥める。FPLで最年長の安藤も「初の単独任務でアレは大変だったねぇ……」と苦笑した。


 あれはほんの30分前。ターゲットが温和で臆病な性格と判明し、計画の変更をパイロットに伝えた後。一・二号機による、地球外へのターゲットの誘導が開始したときだった。


 CILの見立て通り、ターゲットはブループロテクトが現れると物珍しそうに見物していた。人間の感覚だと、「紅葉狩りに来たら、テレビ局の撮影クルーがやってきてドラマ撮影を始めた」という感覚に近い。撮影クルーもといブループロテクトを地球外へ移動させていくと、ターゲットは付いてきた。そのまま雲の上まで誘導し、地球外へ追い返すのがよく使われる方法だ。今回もそれで問題なさそうだ。肩の力が少し抜けたとき、荒木の慌てた声がラボに響いた。


「三号機キャプテン! 三号機はその場で待機です!」


 ただならぬ様子の荒木に、久我が駆け寄る。


「どうした?」


「三号機との通信が切れました!」


「故障か?」


「いえ、無線は正常に作動しています。でも、繋がらなくて……」


「逢坂!」


「分かってる!」


 久我に呼び付けられる前に、逢坂は五号機に無線を繋いでいた。


「こちらFPL。五号機キャプテン、応答願います」


「こちら五号機。どうぞ」


「三号機との通信が切れました。無線を中継してもらえますか?」


「了解です」


 五号機のキャプテンが三号機に無線を繋いでいる間、荒木はモニター越しに三号機を探していた。指定された待機場所に、やはり三号機はいない。


「こちら五号機。三号機の無線に繋がりました。切り替えます」


「お願いします」


 ヘッドセットからザザザというノイズが聞こえ、無線が切り替わった。


「こちらFPL。三号機キャプテン、応答願います」


 逢坂が呼びかけると、とんでもない返事が返ってきた。


「え? 無線切ったはずなんだけど、なんでFPLに繋がってんの?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。「無線切った」ってどういうこと? 任務中に自ら無線を切ったの? てゆーかなんでタメ口なのよ。花形の仕事だからって調子乗んなよ。と、心の中で一通りツッコミを入れたところで、逢坂は「何か理由があるのかもしれない」と思い直し、状況把握に努めた。


「五号機のキャプテンに繋いでもらいました。異常ありましたか?」


「ん? 君、誰? さっきの子じゃないよね?」


「五号機担当の逢坂です。無線を切ったとのことでしたが、何か問題がありましたか?」


「いや、なんかヘッドセットのノイズが消えなくて。うるさいから切っちゃった」


 え? それだけ? それだけの理由で無線を切ったの? はぁ? と思ったが、過ぎたことを気にしても仕方ない。気を取り直して、状況把握に戻る。


「他に何か問題は?」


「ないよ」


「では、指定の待機場所にいないのはなぜですか?」


 そのとき、突如として、館内放送から警報が鳴り出した。


「逢坂! 五号機との通信を再開しろ!」


 緊迫した久我の指示が飛ぶ。


『地球外生命体が出現。繰り返す。地球外生命体が出現。現在ブループロテクトが出動中の太平洋沖に、新たに一体発見』


 大型モニターに新たに映し出されたのは、ブループロテクト五号機と、それにゆっくりと近付いていく浮遊する地球外生命体。


 ドクリ、逢坂の心臓が大きく震えた。


 地球外生命体は、口から光線を発射することができる。光線を受け、大破したブループロテクトはいくつもある。そして、搭乗していたパイロットに助かった者はいない。


「おい! 妄想で絶望してんじゃねぇ!」


 久我に背中をバシッと叩かれ、逢坂はハッとした。周りの研究員はすでに新たなターゲットへの対応を始めている。手が止まっているのは自分だけだ。


「荒木は三号機との通信を再開! 逢坂は五号機に無線を切り替えろ!」


 久我に指示されてから動くのは久しぶりだった。


 逢坂は、これだから私はまだまだ平研究員なんだ、と情けなく思った。久我のように何事も割り切って考える冷静さが、覚悟が、ない。


 三号機に繋がっている自分の無線機を予備の無線機に繋ぎ直し、荒木に渡す。そして、自分の無線機を五号機に繋げた。


「こちらFPL。五号機キャプテン、応答願います」


「こちら五号機。どうしましたか?」


 声色からして、危険が迫っていることをキャプテンは知らない。逢坂は事実だけを伝える。


「新たに1体、地球外生命体が出現しました。場所はブループロテクト五号機付近です」


「すぐ近くにいるということですか?」


 キャプテンは動じることなく、淡々と状況を確認した。その冷静さに引っ張られ、逢坂も落ち着きを取り戻していけた。


「低速度で五号機に向かっています。到着まで残り3分といったところです。定点カメラの映像をそちらに送ります」


「助かります」


 そのとき、館内放送から声がした。


『こちらCILです! 五号機に接近中のターゲット3の特性について、現在分かっていることをお知らせします。ただ、観察時間が短いことから正確でない可能性があります』


 個体の性格を見極めるには、一定の観察時間が必要とされる。ターゲットの映像が届いてから1分も経たないうちに伝達に踏み切ったということは、急を要する特性項目があったということだ。


『ターゲット3はブループロテクトへの興味がかなり強いです。また、攻撃性も低くはありません。機体が急に動けば、驚いて攻撃する可能性があります。極力、五号機を動かさないでください』


 五号機を動かさず、ターゲットを地球外へ帰す方法。


「どうする、逢坂」


 腕組みをした久我が、大型モニターを睨む。


「一・二号機は任務実行中だから、三・四号機に頼るしかないわよね」


「ただ、三号機は行方不明。実質動けるのは四号機のみだが、五号機の待機場所からかなり遠い。間に合うか微妙なところだ」


「それに、一・二号機の任務を邪魔しないように、ターゲット1・2の死角から外れないことも考慮しないと……」


 条件盛り沢山の計画を考えていたとき、突然、荒木が歓喜の声を上げた。


「ブループロテクト三号機、発見しました!」



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