6 冷静な右腕


 逢坂は無線を一度切り、いつの間にか背後にいた久我を振り返った。


「離陸の準備、あとどれくらいかかるの?」


「『あと少し』と言って1分30秒も経ってる」


 時計を見ると、離陸準備が完了する予定時刻を20秒オーバーしていた。


「何かあったの?」


「アナウンス室に問い合わせたら、整備室のGOが出ないらしい」


「え? 整備室?」


 「地球防衛部 整備室」は、ブループロテクトの整備と管理を担っている。整備室の準備が遅れるなんて、20秒とはいえ珍しいことだ。地球外生命体が出現したら即時出動できるよう、常に七機は整備が完了しているようにしている。離陸前には簡単な最終チェックをするだけで済むはずだ。


『ただ今、離陸準備が完了しました。一号機から離陸してください』


 そのとき、アナウンスが入った。整備室の準備が完了したのだろう。


「ブループロテクト一号機、離陸します」


 一号機担当の安藤さんの声を皮切りに、次々と離陸の指示が飛び交い出した。逢坂も五号機のパイロットに無線を繋ぐ。新人の頃とは違い、手が震えて動かなくなることはなくなったが、離陸前はやはり緊張する。


「ブループロテクト五号機、離陸します」


 地球外生命体が目撃されてから11分で、全てのブループロテクトの離陸が完了した。現場に到着するのは早く見積もって4分後だろう。


 大型モニターに目を移す。今回のターゲットは、依然として動かない。ずっと空中浮遊を続けるのみで、地上に降りることも動き回ることもしない。


「こちらが攻撃を加えなければ何もしないということ……?」


 地球外生命体にも個体差がある。気性が荒かったり穏やかだったり、知的だったりひょうきんだったり、個体によって性格のバラつきがある。今回のターゲットは、どちらも温和な性格のようだ。


「あまり刺激を与えない方がいいみたいだな」


 逢坂の独り言に、久我が相槌を打った。


「戦闘機が急に五機も現れたら、怯えて攻撃するかしら」


「その可能性もあるな。CILの見解にもよるが……」


 そのとき、アナウンスが入った。


『CILより、ターゲットの特性についての情報です。放送を切り替えます』


 CILとは、「研究部 個体特性専門研究室(Characteristics of Individual Laboratory)」の略称である。200年間蓄積されたデータをもとに、地球外生命体の個体ごとの性格を見極めるのが仕事だ。性格に応じた対策を取ることで、より安全な防御計画を組むことに繋がる。


『こちらCILです。みなさんお察しかと思いますが、ターゲットは2体とも温和で戦いを好まない性格です。また、地球を攻撃しに来たというよりは、観光に来たという感じです。そのため、攻撃をする意思が我々にないことを示しながら、地球外へ帰すという方法が最も安全であるとの提案をさせていただきます』


 地球を侵略しようと攻撃してくる地球外生命体も、過去にはいた。しかし、今回のターゲットのように、地球に観光しに来る地球外生命体も多い。目撃されてから長時間ずっと動いていない点からも、CILの考察には合点がいく。地球外生命体にとって地球を観察することは、人間でいうところの紅葉狩りのような感覚だろう。


「こちらFPLです。CILの提案、参考にさせていただきます。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」


 館内放送と同じ声が背後で聞こえ、逢坂は振り返った。久我が無線機を使って、CILに直接通信していたのだ。


『はい、なんでしょうか?』


「ターゲットの性格に『臆病』という項目はありますか?」


『はい、あります』


「戦闘機が急に五機も現れた場合、怯えて攻撃したり仲間を呼んだりする可能性は?」


『大いにあります』


 久我はマイクから顔を上げ、毛利室長を振り返った。毛利室長は頷き、


「ブループロテクト一・二号機は計画続行。三・四・五号機はターゲットから見えない位置で待機せよ」


 と指示を出した。逢坂は五号機に無線を繋いだ。


「こちらFPL。計画変更です」


「こちら五号機。了解」


「ターゲットの臆病という特性に合わせて、計画を組み直します。一・二号機は計画続行。三・四・五号機はターゲットに見つからない位置で待機せよとのことです」


「了解。三・四・五号機は同じ場所で待機でしょうか?」


「確認します。少々お待ちください」


 そう言っている間にも、パソコンに3枚の写真が送られてきた。情報収集室からの画像だ。どれも海岸沖の写真で、そこはちょうどターゲットの死角となる。


「こちらFPL。三・四・五号機は別々の場所で待機です。ご案内します」



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