5 室長補佐・久我碧志


「逢坂! 今日の昼まで有給っつったろうが! 仕事するな! 帰れ!」


 翌日、ラボに現れた逢坂に、久我は鬼の形相で怒鳴った。


「地球外生命体はいつどこに現れるか分からないのよ? 家で休んでちゃ備えるものも備えられない」


 言い返しながら、逢坂はデスクに腰掛け、さっそくパソコンの電源を入れる。


「昨日倒れたんだぞ?」


「家にいると落ち着かないのよ。今日中に企画書提出したかったし」


「任務中に倒れたらどうするんだ?」


「大丈夫よ。睡眠も食事もちゃんととったから」


「とにかく今日も休め」


「それって命令?」


「そうだ。部下の体調管理も俺の仕事だ」


「いいえ。それは室長の仕事よ」


「室長の手が回らない仕事を代行するのも室長補佐の仕事だ。室長はご多忙で部下の体調管理にまで手が回らない。よって、これは俺の仕事だ」


 久我は弁の立つ男だ。頭の回転も速く、ビジネスマンとしては最高の逸材だ。同期として尊敬する。しかし、今、その能力を発揮されると困る。


「はいはい。久我くんも逢坂くんもその辺にしときなさいね」


 柔らかな低い声とともに、毛利もうり室長が二人の間にふら~っと割って入った。寝癖のついたままの白髪頭をポリポリと掻いている。


「まったくも~、君たちは目を離すとすぐケンカするんだから。仲が良いのは分かるけどね、ちょっとね、うるさいよね」


 我に返った逢坂は、辺りを見渡した。その場にいる研究員全員が「また喧嘩~?」「仲良しですね~」「わ~怒られてる~」と冷やかしながら見物していた。これだから、ラボでの口喧嘩は控えようと思っているのに、久我の顔を見るとどうもヒートアップしてしまう。それは久我も同じようで、「すみません」と立つ瀬がないように首の後ろを掻いた。逢坂も「お騒がせしました」と頭を下げた。二人の顔を交互に見て、毛利室長はウンウンと頷く。


「分かってくれて良かった。だけど、仕事中に喧嘩したペナルティとして、二人には罰則を与えるね」


「え、罰則ですか?」


「そう。久我くんへの罰則は、正午になったら逢坂くんを食堂に連れて行き、食事を摂らせること。逢坂くんへの罰則は、大人しく久我くんに連行されること。例外はなしだよ」


 下された罰則に、逢坂が「そんなぁ……」としょげ、久我がしたり顔で逢坂の肩をポムと叩いた直後だった。館内放送のスピーカーから警報が鳴り出した。


『地球外生命体が出現。繰り返す。地球外生命体が出現。各部署、持ち場につきなさい』


 先程まで和やかなムードに包まれていた研究室が、一気に緊張感に包まれる。


『地球外生命体は2体。出現したのは◯◯県の太平洋沖。海釣りをしていた男性が発見。なお、周辺の避難は完了しています』


 「情報伝達部 アナウンス室」の女性職員の淡々とした放送が、かえって緊迫感を醸し出す。


『たった今、現場の映像が届きました。各部署のモニターに映像を送ります』


 現場の映像を各部署に繋げるのは「情報伝達部 制作室」。前方の大型モニターに映し出されたのは、テレビ局と共用しているお天気カメラの映像だ。穏やかな海に繋がる青い空に、プカプカと二つの陰が浮いている。


『映像は、太平洋沖の現在の様子です。発見されたのは2分ほど前ですが、今のところ2体とも全く動いていない状況です』


 アナウンス室の職員が読み上げた情報は、「情報伝達部 情報収集室」が入手したものだ。「情報伝達部 情報収集室」は交番のように全国各地に配置されており、現場付近の細かな情報を伝達する。


『パイロットの搭乗が完了しました。FPLは通信を開始してください』


 飛行経路専門研究室・通称FPL (Flight Path Laboratry)の1つ目の仕事は、戦闘機・ブループロテクトの管制だ。離着陸の指示を出したり、飛行経路の案内をしたりする。


「こちらFPLです。五号機キャプテン、応答願います」


 マイク付きヘッドセットを無線に繋ぎ、FPLの研究員はパイロットに指示を出す。


「こちら五号機キャプテン。どうぞ」


 ヘッドセットから男性の返事が聞こえた。


「FPLの逢坂です。ターゲットの情報はご覧になりましたか?」


「目は通しました」


「今回は2体だけなので、一・二・三号機でターゲットを牽制し、四・五号機で援護します」


 FPLの2つ目の仕事は、地球防衛計画の立案だ。最も安全な戦略を研究員同士で議論し、パイロットに伝える。そのため、FPLは「戦略の専門家」とも呼ばれている。


「五号機の滑走順は五番目です。準備が完了次第、ご案内します」


「了解です」



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