8 機転
「どこだ?」
と、久我が駆け寄る。
「ブループロテクト五号機を基準に、南西に500メートルの地点です! 現在、時速10キロで五号機に接近中!」
「なら、三号機にターゲット3を誘導させよう」
穏やかな声で、毛利室長が告げた。
「今から三号機は逢坂くん、五号機は荒木くんの担当とする」
荒木は研修生として2年間の実務経験があるとはいえ、単独での管制は初めてだ。ましてや、2つの任務が同時進行で行われるなんてイレギュラーなことにも慣れていない。パイロットの命を預かっている以上、毛利室長の判断は賢明だ。
逢坂は五号機に状況報告をした後、荒木と無線機を交換した。
「こちらFPLの逢坂です。三号機、応答願います」
「あれ? また担当変わるの?」
「計画変更です。これから三号機のみでターゲット3を地球外に誘導します。経路はこちらで指示しますので、……」
「え? もうやってるよ?」
「……もうやってる、とは?」
「ターゲット3を三号機をエサに地球外へ誘導するんだろ? もうやってるよ。ターゲットもいい感じに釣られてきてるからちょっと待って」
何を言っているんだ、この人?
パイロットは急な危機回避以外の理由で、FPLの指示なしに飛行経路や計画を変えることは原則許されない。それなのに、なぜこの人は勝手に単独行動しているんだ?
そのとき、大型モニターの映像が切り替わった。モニターには、五号機からゆっくりと離れていくターゲット3が映っていた。ゆっくりと地球外へ移動する三号機を興味深そうに追っている。
「安藤さん、ターゲット1・2から三号機は見えていますか?」
逢坂が尋ねると、安藤は「えーっとねぇ」と間延びした声で言いながら、手元のパソコンで映像を確認する。
「どこからも三号機は見えてないよ。それに、ターゲット1・2は一・二号機に夢中だ。派手なことをしない限り、大した刺激にはならないよ」
「でも、三号機がターゲット1・2の死角から外れたら……」
「その可能性はないわ」
不安そうな逢坂に、二号機担当の
「一・二号機の機体で、三号機を隠せばいいのよ。ターゲットを誘導しながら死角を広くするなんて、私と安藤さんには朝飯前よ。ね? 安藤さん?」
「志田は相変わらず頼もしいね。一・二号機のパイロットもかなりのベテランだ。こっちは僕たちに任せて、逢坂さんはターゲット3に集中して」
妄想で絶望するなと叱られたばかりなのに、また冷静さを欠いてしまっていた。目の前のことに夢中になると視野が狭くなるのは、悪い癖だ。頼れる先輩たちの言葉を胸に、逢坂は三号機に無線を繋げた。
「こちらFPLです。三号機、応答願います」
「はいはい?」
「そのままターゲット3を誘導してください。タイミングなど細かい指示は私が行うので、従ってください」
「了解」
口答えばかりするもんだから、てっきり、この人は「了解」という言葉を知らないのかと思っていたが、違った。
「でも、五号機の近くに地球外生命体がいるって気付けて本当によかった」
ふぅ、と息を吐きながら、三号機キャプテンが呟く。
この人、もしかして……
「もしかして、情報伝達室から報告がある前に、ターゲット3を発見していたんですか?」
「まぁね。俺、目が良いから。五号機を助けに行かなきゃいけないのに、その場に待機しろーって言われるし、ノイズもうるさいから無線切ったんだ」
この人には言いたいことがいくつかある。まず、新たなターゲットを発見したなら、その時点ですぐに報告すべきだ。そして、その場に待機というのは、荒木個人ではなく、あくまでFPLからの指示だ。荒木は指示通りの内容をキャプテンに伝えただけであり、何ら落ち度はない。
「でも、勝手に無線切ったのはまずったかなぁ」
「ええ、任務中に無線を切るなんて有り得ないですね」
「そっかぁ。また怒られちゃうなぁ」
怒られろ怒られろ。当然の報いだ。
「今日、俺が遅刻したせいで、整備部の準備が遅れちゃったし」
「あれ、あなたが原因だったんですね」
「ダブルパンチで怒られちゃうなぁ……あ。ねぇ、逢坂さん。速度はこれくらいで平気?」
「大丈夫です。そのまま時速20キロを保ってください。ただ、ターゲットは大きな音や急な変化にとても敏感です。刺激になるようなことは控えてください」
「了解です」
なんだよ、敬語も使えるんじゃないか。なんで今まで使わなかったのよ。と思ったが、今は任務中だ。私的な感情を持ってはいけない。逢坂は深呼吸して、最後まで任務に集中した。
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