第4話
遡ること三年前、私は彼に恋をしていた。
イケメンで性格も良くて、パリピ(営業の女子社員)にモテて、リア充(エリート社員)の中でも群を抜いて成績良くて。
本当、王子様みたい。
ずっとそう思っていた。
私は社の花形の営業一課ではなく、営業一課の庶務も兼ねる営業二課にいて、今もそこに在籍している。
彼が退職して3年経った今の今まで、私は彼が何処にいるか知らなかったのに、突然こんな形で再会なんてとんだサプライズだ。
今日は、外回りがあったから珍しくスーツで来ていたのが不幸中の幸いだ。
私服じゃなくてよかった。
ちゃんとストッキング履いているし、髪だってセットしている。
いつもはミュールに素足。髪は後ろに束ねるだけ。
化粧なんて、乾燥防止のリップクリーム位だけど、今日はちゃんとファンデに口紅位つけてる。
「お姉ちゃん、今日は外回り? いつもパジャマみたいな格好じゃん」
「基本来客のない部署だから良いの。今日は、新人の子の付き添い」
私は、個人事業や法人企業向け通信サービスを提供する会社で、私の部署は営業とは名ばかりの債権回収業務を担う仕事をしている。
ようは支払いの督促業務だ。
普段は電話で支払いを促すだけなので、身だしなみは最低限でよい。
というのは私の持論で、今まで何度も注意されて来て、一度「じゃぁ辞めます」と言ったら、二度と言われなくなった。
でも、そんな中でも、時々必要だと自分で判断した場合は、ちゃんとスーツも着れば、化粧も、髪型もきちんとしている。
「ねぇ、ここ雰囲気は良いでしょ? マスターも格好良いし、お店も綺麗で、五月蠅過ぎず、静か過ぎない」
「まだ、来たばっかで分かんないよ」
お店を褒める妹の主張をけん制しつつ、心の中で、マスターが格好良いのは激しく同意していた。
人の背丈ほどある観葉植物。
海辺やイルカの絵を飾ったり、クラゲの水槽。
手のひらサイズのポッドに入れられた綺麗な熱帯魚。
灯かりに一部、キャンドルを使っていたりとってもおしゃれだ。
4人掛けのテーブルセットが三つ、カウンターには10の丸椅子。
「ここが新しい取引先のお店? ぎょぎょんちゃん、どこ?」
「レジの傍」
何かと日頃私を体(てい)よくこき使う2つ下の妹は、OLをする傍ら喫茶店やバー、ペットショップ向けに、木彫りや羊毛フェルトで作るマスコットやオブジェを販売している。
今日このお店に、たどり着けたのは、件(くだん)の妹が発端だった。
カウンターのレジ横にちょこんと置かれたもの。
非売品の木彫りの鳥。
その名も、死んだ魚の目をしたぎょぎょんちゃん。
ゲームに出てきそうなカラフルな色彩、顔と同じ位大きくて独特の形をしたクチバシ。
何とも言えない大きくてぱっちりしているのに、死んだ様な虚ろな目。
一見、空想の生き物の様にも見えるが実はこの世にちゃんと実在する、ハシビロコウと言う生き物をモチーフに作った彫り物。
妹の作ったそれは小鳥サイズだが、実物は中型犬ほどの大きさもある。
先にも言ったが、この商品は非売品だ。
ずっとうちには置いてて欲しかったのに。
持ち主は妹だから、妹が決めた事なら、止めるすべもなく、ある日うちから居なくなったぎょぎょんちゃんとは三日ぶりの再会。
このお店のマスターである、先輩とは三年ぶりの再会。
「レジ横のショウケース、全部てんの作品?」
「そうだよ。本物のフクロウの羽を使った筆ペン20本。 蛇の抜け殻をレジン加工して作ったパスケーズ10本。 大振りの松ぼっくりにをハリネズミの針に見立てた羊毛フェルト製の激カワ招きハリネズミマスコット5体。 今月の売り上げは過去最高でした」
この店のマスターと知り合ったきっかけは、私が販促のために業者用に作ったホームページのトップページにこのハシビロコウの木彫りをアップしていたのに一目惚れしたと言っていた。
妹の木彫りに一目惚れした相手が、かれこれ3年も前に、自分が失恋した相手だったなんて。
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