第3話

面倒な事からは極力、逃げる、避ける、忘れる。


それが私のモットー。


去る者追わず、来るものからは逃げる。







その日、私は仕事帰りに飲みに来ていた。




妹に、「奢るから飲みに行こう」と誘われるまま、訪れたお店のカウンター席の片隅。




妹と二人並んで店のカウンター席に座っていた。







「これ、飲んでみて」





王冠を模したイラストに店名CROWN(クラウン)と書かれたコースターを敷いて、細長のグラスにスライスレモンを橙色に赤い筋の入った飲み物。





その飲み物を私に提供した人物は、私の顔を一瞥して、綺麗な愛想笑いを浮かべた。




綺麗な髪、大好きだった眼差し、形の良い唇。




あんまり美しくて、愛しくて、身体が石になりそうだった。まるで夢の中にいるみたいにめまいさえする。





「えっ……」



私はただ、仕事帰りにたまたま飲みに来ただけのはずだった。




ここは会社から電車で2駅、自宅まで2駅の、今まで降りた事もない街の聞いた事もないお酒の店。





「ありがとう。来てくれて。てんちゃんのお友達?」


「いいえ、姉です」






目の前で仲良さそうに話す二人。




戸惑う私を無視して、私にお酒を出した後、その人は他のお客さんからの注文に取りかかるべく、私に背を向け遠のいた。



この人。


きっと、冬野 由貴(とうの ゆき)て人だ。



推定30歳。





3年前まで、同じ会社で働いていた、私の完全片想いの人だ。





なんで、妹がそんな人が経営する店に招待されているんだ。



疑問で一杯だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る