第5話

しばらくすると、ソウがお店にやって来た。


どうやら、市丸君のお兄さん目当てで来たらしかった。


前髪をオールバックセットして、きちっとキメて来ている。


竹中さんの仕事に出る時や、普段は髪をセットしてないので、余所行きモードで来ているらしい。


オレンジのダウンジャケットに、白のトレーナーとジーパン。


カジュアルだが、落ち着いた装いだった。



「おう、もう来てたか?」


「うん。家でご飯が出来てるからね」



二人が並んで席に着くと、テーブル席の女子飲みや、ちょっと離れたカウンター席の女性客の視線が釘付けになっているのが分かった。


目の保養に最適な眺めだ。


雑誌のグラビアの一場面みたいだった。




「そりゃ悪かった」


「良いんだよ。ソウも忙しいのに、ごめんね」


「んにゃ」



ソウは勝手に市丸君のお兄さんの隣の席に着くと、食器を下げて戻る私を呼び止めた。



「セイ、お前、もう店に出てんのか?」


「昨日、最終出勤日だったの。今日からだよ」


「そっか。悪い、ハイボール、濃ゆ目で」


「かしこまりました」



カウンターに戻り、由貴さんにソウの注文を伝えると、由貴さんは苦笑いで『セイ、作ってあげてよ』って言うから、本当に濃ゆ目にハイボールを作ってソウに出してやった。



「あぁ。良い塩梅だ」


「商売ですから」



冗談とか、悪ふざけで、作ったりしないよ。


本当は、ウイスキー4、炭酸水1で作ってやろうか?とも思ったが。


ウイスキー2、炭酸3の割合で作った。


参考に通常はウイスキー1、炭酸水4が比率である(黄金比とも言われている)。


ウイスキーの味わいと強烈な炭酸の刺激が両方味わえてこそ、ハイボールは美味しいので、炭酸水が少なすぎるのはナンセンスである。


あしらいにカットレモンを添えて出す。


ソウは、レモンを絞ってから飲んだ。




「クラウンが今日からツーバーテンダーか。頼もしいな」


「妊婦のセイに無理はさせられないから、21時までだけどね」



前に、由貴さんのお店で臨時で働いていた時とは打って変わって、お客さんのお酒の注文までさばくのは、正直楽しかった。


高校の頃に、カビリアンにいた頃だって、お酒なんてまさかお客さんに出したりしてなかったし。


でも、ずっと見て来た親マスターの技術の記憶と、実際社会人になってから、試行錯誤して家飲みしていた経験で、ここまで出来るなんて夢の様だった。



「今日はセンちゃんは?」


「今日は、お休みです。お友達とスキーに行ってますよ。今日はもともと市丸君はシフト入る日じゃないんで、私と由貴さん二人です」


「結構忙しいんじゃないか?」


「大丈夫ですよ。ソウは、何か、食事は?」


「俺も、家で飯がある。ポテサラと今日は野菜のテリーヌあるか?」



その割には、結構頼むな。


何か塩気のあるもの食べさせないと、他のメニューも行くかも知れない。


先手を打たねば。



「あるよ。生ハムもどう?」


「じゃぁ、それを」


「かしこまりました」


よし。


うまく行った。

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