第3話
退社の翌日、朝、ベランダに出て見上げた空の色は、今まで見て来たどんな空よりも青く鮮やかだった。
プランターに水やりをして、リビングに戻ると、ユキさんが寝室から出て来た。
「おはよう」
「おはようございます。今日からずっと一緒ですね」
「そうだね。これから、一緒に頑張ろう」
「はい!」
悪阻もひと段落して、無事妊娠3か月を迎え、まだお腹周りが大きくは見えない、人目に妊婦とは分からない微妙な時期だった。
安定期までまだ数週間あったが、今日からはお店に、夜21時まで出て良いとユキさんに言って貰えて、今日から再び、クラウンで働く予定である。
隣国で発生した謎の感染症に『コロナ』と言う名が付き、豪華客船での集団感染によりそれが巷に浸透しつつあった。
由貴さんが私にはマスクの着用を義務付けて来たので、私はそれを受け入れた。
「そう言えば、セイに相談があるんだけどさ」
「何ですか?」
「来週ね、月末に放送する俺達の取材の裏番組が、他の放送局のバラエティー番組の特番とかち合っちゃって、視聴率が苦戦しそうだからって。番組の番宣に、出て欲しいって言って来たんだけど。それが、俺とソウとマリアンヌさんと美咲ちゃんで、夕方の情報番組のコーナーで3オン3対決に出る事になったんだよ」
「え、夕方の情報番組ですか? 『キラキラマップ』のFBC放送局の夕方の情報番組って、『明太ディップ』ですよね?」
「そうだよ?」
「確か、地元のバスケットチーム『ライジングアビスパ』の選手を1人迎えて、若手リポーターと組んで、地元の中高生のアマチュアチームの子だったり、バスケ経験のある他の番組タレントが挑戦して、勝ったら、自分の所属の番宣に時間貰えるって言う企画」
「観た事あるの?」
「ありますよ。 一人は本物のプロバスケットボール選手だから、そうそう勝ってるとこ見た事ないんですけど?」
「実は、マリアンヌさんも美咲ちゃんも、中学高校でバスケやってたんだ。 それで、俺もソウも、中高はバスケやってたし、出る事になってさ」
ええ!
出るのもびっくりだけど、勝つつもりで出るって言うのも、どびっぐくりだよ!
「プロバスケットボーラ―はセンター担当のやり手ですよ?」
不安そうに言う私にユキさんは、余裕の笑みを私に浮かべた。
「大丈夫だよ。俺もソウも、インターハイ出てるから」
インターハイ。
私は中学だけバスケしてて、高校はバイトしてたから、夢の様な言葉だった。
良いな。
「セイ。何か、面白い作戦あったら、教えて欲しいとおもったんだよ。 前に、1on1した時、セイ、オフェンス(攻め)の時、俺で背が敵わないのに、俺のディフェンス(守り)を何度か抜いて、ゴールしてたでしょ」
「一応、中体連は全国行ったんで」
「そうだよね? ちゃんと俺の動きを呼んで、俺が反応出来ないコースで切り込ん出たからさ」
中学のバスケ部では、運動練習の他に、オフェンスで、いくつかフォーメーションを決めて、その時々の判断で決まった型通りにゴールを狙う攻め方に取り組んでいた。
週に1回。 自分でチームのメンバーで取り組むフォーメーションの案をまとめて提出して、採用されたフォーメーションは部内で共有して書き止め、実際に練習をして、司令塔であるスタメンのLD又は、監督の指示に合わせて、フォーメーションを発動させる。
今思うと、他のチームではやっていない取り組みだったのだが、私はそのフォーメーションの記憶がまだ、頭の片隅に残っている。
「良かったら、面白そうなやつ、いくつか教えてくれると嬉しいんだけど?」
「ユキさん。……私なんかの作戦、役に立ちませんよ」
ご期待が過分過ぎて、ゲロ吐きそうです。
インターハイ出場経験のあるユキさんに、お教え出来る様な知恵は持ち合わせていないです。
「そんな事無いよ。俺、セイとバスケしたの楽しかったよ。 それに、セイも一緒にやりたいって思ったんだ。 ゲームには出られないけど、一緒に戦えたら良いなって思ったんだ。助けて、俺達の事」
そんな。
私は妊娠中で、バスケなんて出来ないけど。
そこまで、考えてくれてたなんて。
由貴さんの言葉に、私は胸が熱くなった。
「ちょ、ちょっと待っててください」
私は自室に戻って、実家から持って来た、当時使っていたバスケのノートを3冊持って、部屋に戻った。
「どうしたの?」
「あの、これ……実は、私が中学の頃に部活で使ってた、バスケの作戦ノートです」
私が持って来たノートを受け取るとユキさんはノートを手に取りページをめくった。
バスケのコートを描いた図の中に、フォーメーションの配置と、それぞれのメンバーの動きや、シュートポイントがまとめられた作戦図を見て、ユキさんは言った。
「セイ、これ、中学でやってた時に作ったの?」
「はい。毎週課題で顧問に提出したり、良いフォーメーションは、みんなで共有して、練習してました」
「すごいよ。俺、ここまではしてなかった。高校の時だって、ここまで、こまめに作戦をノートにまとめたりしてなかったよ」
「……由貴さんの作戦のお役に立てるかは、分かりませんが」
由貴さんは、しばらくノートを熟読した後、しばらく貸して欲しいと私のノートを引き上げてしまった。
本当に、役に立つだろうか? と半信半疑だったが、ユキさんはバスケの試合を楽しみにしていた。
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