第15話 入れ替わったのに!?
普段の知り合いと会うのは、あまりよろしくない。
それは、胡桃と敦共通の認識であり「二人が同じ場所で揃う」のはさらによろしくないと、星周や玲も含めた四人共通の認識のはずだった。
「どうしてそうなる」
と、女学生らしい矢羽根柄の銘仙に袴姿の敦が、口の動きだけで言っている。
敦に扮している胡桃は「ごめんなさい! どうにもできなかった!」と星周の影からやはり口の動きだけで答えた。
しっかり絹の姿をしている玲は、バッスルスタイルの異国風ドレスでにこにこと余裕の笑み、星周も胡桃を背後にかばいながら苦笑を浮かべている。
ところは女学校のダンスホール。なぜそんなことになってしまったのか。
* * *
大学に着いたら、顔だけ出して外での用事をすませよう――
その段取りで、胡桃と星周は馬車で大学へ向かったのだが、着いたそばから男子学生たちに「近所の女学校で、ダンスの練習相手が必要だからとこちらに声がかかった! 女学校に堂々と入っていいと招かれることなんてもうないぞ!」と口々に言われて、行かないわけがないという騒ぎに巻き込まれる形になった。
胡桃は星周の背広を引っ張って「早くこの場を去ろう」と耳打ちしようとしたが、敦の友人らしい書生風の男に目ざとく見つけられてしまった。
「敦、お前の妹もいるんだよな? いつも言ってるじゃないか、うちの妹は最高に可愛いって。拝んでこよう」
「えっ……」
それが
(兄様、なんて余計なことを……! これでは、この方々は女学校にいる胡桃、つまり敦兄様を見つけたら、まじまじと見ようとしますよね!? 注目を浴びますよね!?)
胡桃の感覚として、女学校には美人がたくさんいると思っている。普段なら、自分は格別の注目を浴びる存在でもないはずなのだ。
だが、「胡桃」を目当てに探されれば、顔立ちが双子の敦と似ているだけに、名乗らずとも外見だけでわかってしまうだろう。そして、あれが噂の妹御かと――
「その姿、まるで天女さながらという」
「敦と同じ顔ということだ、これは期待できる」
「女人ともなれば、男の敦よりもさらに」
青ざめた胡桃の前で、男子学生たちはやかましく言い合っている。
「耳を、ふさごうか?」
星周が声をひそめてきいてきたが、胡桃は言い返す気力もなく、無言で首を振った。
会話を聞こえなくしたところで、根本的な解決にはならない。
ふと、目を向けてきたひとりが胡桃の顔をまじまじと見つめて、思わずのように不穏なことを口走った。
「それにしても、今日の敦は妙に肌に透明感があって」
「瞳もきらきらと輝いていて」
胡桃は顔をひきつらせるのみ。
(いまは兄様の姿なんですが、兄様に邪な目を向けないでくださいますか!?)
よほど言いたいのだが、声を出すとさらに面白がられてしまうかもしれない。
生きた心地のしない顔をしている胡桃を横目に、星周が何気ない調子で男子学生たちに質問をし、胡桃に集まる視線を自分へと向けさせた。
「それで、どうしてまた突然、ダンスの練習だなんて話になったんだ?」
すると、「お前が知らないってことはあるのか?」と逆に聞き返される。星周が不思議そうに目を瞬くと、すぐに別の一人が言った。
「近々
「ああ。なるほど」
そういう事情か、と星周が言うと周囲が胡乱げな視線を向ける。
「妖魔討伐に功績のある柿原伯爵を海外要人たちに紹介する席でもあると、きいているぞ。そこで、柿原令息の婚約も発表されるのだとか。やんごとなき妖魔討伐の血筋の若い二人が結ばれることで、この国もしばらく安泰だと各国に知らしめるために……」
男子学生の説明を聞きながら、胡桃は頭を抱えることになった。
(柿原家主催の婚約お披露目みたいな話だと思っていたら、録銘館の夜会……! 日程的にはたしかに合致しているけれど、女学生には縁が無いものと思っていたから気にもとめていませんでした。それに、今日になって「お上からのお達しで女学生に声がかかった」って)
気の所為でなければ、何かの作為が働いているようにも思えるのだが、そこは胡桃が現在の立ち位置から追求できることではないのでひとまず置いておく。
問題は、「一堂に会さなければ大丈夫」「双方の知り合いに目撃されなければなんとかなる」という前提で胡桃と敦が入れ替わっているのに、これから毎日その状況になり、なおかつ胡桃に扮している敦が注目を浴びる状態にあるとのことだった。
「星周の婚約者ってのも、女学校にいるんだよな?」
当然のように聞かれた星周が「まだ婚約はしていない」と軽い口ぶりでかわす。
「もしかして、まだ相手のご令嬢に会ってないのか? 会いたいだろ? 偶然を装って会っておくのもいいだろ、お前くらいになると結婚に自由はない。相手もな。それならせめて、良い出会いをしておくのもいいんじゃないか? ちなみに俺も出会いを求めています」
うちはそこまでの家柄じゃないから自由恋愛でと、書生風の学生はこちらから聞いてもいない内容を、星周に対して熱心に話し続けていた。
それを気のあるようなないような相槌でやり過ごしてから、星周は胡桃に対して「どうしますか?」ときいてきた。
この状況で、敦と絶対に顔を合わせる場所に、行きたいわけがない。
やめたほうが良いに決まっている。
しかし、胡桃は「いっそのこと、周りの見ていないところで敦と着物を取り替えて、いったん入れ替わり状態をもとに戻す方が良いかも」と考え直し、暗澹たる気持ちで星周に答えたのだ。
行こうか、と。
その結果として、女学校のダンスホールで顔を合わせた敦が「どうしてそうなる」と声に出さずに言っているわけだが、胡桃としてはなるようになった、としか答えられない。
双子の生まれには異能めいた特徴があり、言葉を使わずとも心が通いやすいと世間一般ではまことしやかに言われているが、現実的に胡桃は心で考えたことが敦に直接伝わると感じたことはない。
それだけに、なんとか周りの目をかいくぐりつつ「どうにか抜け出して、どこかで落ち合い、入れ替わり状態を戻しましょう」と敦に目で主張する。
通じているかどうかは定かではないが、胡桃の姿の敦は、力強く頷いていた。
(それと、兄様は自分と同じ顔の双子の妹を「天女」などと吹聴していたみたいですが、おかげで大注目されていますので、できるだけ目立たないようにしていてください……)
本当にもう、どうしてそういう自分の首を締めるようなことを言っていたのですか、と思っている胡桃の元へ、書生風の学生が近寄ってきて、耳打ちをしてくる。
「あれが胡桃さんか~、お前の言う通りの可憐さだ。もう婚約者はいるのだろうか?」
胡桃は、がっくりとうなだれた。彼の、どうにも邪な思いがひしひしと感じられる目が兄に向けられていることに胸が痛み、さらには「胡桃」に詮索が及んでいることにも頭が痛み、なんだか胃も痛くて、もう思いつく限りどこもかしこも何かしら痛い。
どうにかしてください、の意味で星周を探すと、少し離れた位置にいる姿勢の良い長身が目に入ってきた。
星周、と声をかけようとした。
まさに、彼の正面にひとりの女学生が立ったところであった。
「柿原、星周さまでいらっしゃいますね?」
高く澄んだ声が響き渡った。
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