【4】
第14話 入れ替わり開始
「おはようございます。よろしくお願いします」
入れ替わりをすると決めた翌日、敦に扮した胡桃は、家まで馬車で迎えに来た星周にきちっと頭を下げて挨拶をした。
星周は、女性にするように馬車を降りて手を貸すことなく、ドアを開けて中から手を差し出してきた。その助けを借り、座面に腰を下ろしたところで、まじまじと顔を確認される。
「胡桃さん」
「敦でお願いします」
男物の着物に袴姿で、遠目に見れば敦です、と胡桃は念押しをする。星周は、前日と同じように、異国風のスーツ姿であった。
「万が一にも変なこと言わないでくださいよ。どこで誰に会うか」
「それなんですけど、昨日結局夜会用のドレスを調達しそこねたわけでして……、大学に顔だけ出したら、外に出ませんか? あまり普段の知り合いと、顔を合わせない方が良いかと」
「たしかに。その方が私も、いえ、僕もありがたいです」
言い直してから、胡桃は咳払いをする。
(声はどうにもならない……。玲様の
あまり喋らないことにしよう、と思ったところで星周に「ところで」と早速話を振られる。
「昨日、玲さんが言っていましたよね『妖魔は言葉の扱い方や情緒に、人間とは違う傾向があるはずなので、とにかく女学生たちと話して会話に不審な点がないか敦君と二人で検証する』って。胡桃さんはどうしますか。俺が妖魔じゃないか確認するために、たくさん会話をしてみますか?」
にこーっと邪気なく微笑まれて、胡桃は対照的にげんなりとした表情を浮かべた。
「私……、僕、声がごまかせないので、人前であまり話せないです。十日間、咳をして誤魔化していないといけないくらいで」
「二人きりの車内であれば、問題ないですよね? 一日降りないで周遊しながら歓談しましょうか?」
「馬と御者の方に多大な負担をかけますね?」
「胡桃さん、なんだかとても複雑な発想ができていますね。これはお見事です」
検証した上で、とても良好な結果であると告げられているのに、その言い方ではあまり嬉しくない。
胡桃は表情をくもらせて、星周を見つめつつほのかな不満を口にした。
「このくらいの会話で人間かどうかを判定するなんて、雲を掴むような話かと」
「そうでしょうか? 現在、この座席から馬と御者は見えていません。見えていないものをとっさに話題に出し、さらに『一日止まらないで動き続けると疲れる』というのを推察した上で『負担をかける』と表現しました。かなり入り組んだ内容だったと思います」
星周はさらさらと立板に水のごとく解説をしてくれたが、胡桃の表情が晴れないのを見るとすかさず「褒めています」と笑顔で言った。
「……ありがとうございます」
あなたに褒められたかったわけではないですとか、べつに嬉しくないですとか、いろいろな言葉が駆け巡ったが、胡桃はお礼を口にすることを選択した。今後の関係を円滑にするためと思えば、星周と喧嘩している場合ではない。受け答えは、無難に徹しておくべきだ。
(こういうところが、人間らしい考え方なのかな? 妖魔はどう考えるんだろう……。学ぶために女学校に潜入していると言うのなら、「考えて」いるんですよね。人間の社会を観察して学びの場として「学校」を適切に選んでいるわけですから)
さらに言えば、いま探しているのは玲と絹の母である可能性が高いという。玲が男性にも女性にもなれて使い分けているのに対して、その妖魔はずっと女性の姿でいるのだとすれば、なんらかの意思がそこに働いているはずだ。
それはもう完全に自我のある生き物であり、意思疎通可能な存在であり、会話程度で見分けられるものなのだろうか。
そのとき、不意に星周が話題を変えた。
「柿原分家筋で俺の婚約者候補が、あの女学校にいると聞きました。名前は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます