第11話 人間であることの証明
お腹が空いた、と敦が言い出し全員から否やはなかったことで、四人での集合は牛鍋屋の二階の個室となった。そういった場所は、玲の名前で普段から押さえているとのことで、行ってはみたものの席がないということはないらしい。
時間をずらして向かう途中、敦はどこかで着物を調達するから胡桃はそのままでと言い残していった。「なるべく、星周と連れ立っているところをひとに見られない方が良いとは思うけど、星周だからいざとなったら言い訳がきく。僕の友人だから」と、ひたすら胡桃を気にかけていた。
放っておけば細々と言い続けそうな敦を「後でね」と送り出してから、胡桃は改めて星周に宣言する。
「柿原家のお家騒動に、兄を巻き込んでほしくないんです。星周様が恋人役として私を必要としているなら、私本人を使ってください。兄には及びませんが、私にも異能はあります」
路地へ入り込んでくる者は途絶え、その場には二人きりになっていた。
星周は無言で胡桃をじっと見つめてから、用心するように辺りを今一度見回した。そして、胡桃へと視線を戻して口を開く。
「玲さんが高槻家の双子に狙いを定めていたというのなら、それなりの根拠があると俺は思います。敦のことは人間だと結論が出たようですが、胡桃さんはどうですか。自分が人間だと、証明することはできますか。俺の、ああいった大雑把な方法とは別に」
言いながら、星周は自分の手を自分のうなじにあてた。
人間に近い姿の妖魔が、番になるときに噛むところ。無防備に他人に触らせるような胡桃の警戒心の薄さが、妖魔らしくないと玲の前で星周は証言していたが、実はまだ疑っていたということなのか。
困惑して、胡桃は眉をひそめて問い返した。
「自分が……人間であることを、明らかにする……? どうやって、ですか? 何がどうであれば、私が人間であると、信じて頂けるのでしょうか?」
星周もまた、困ったようにため息をつく。首を振る仕草に沿って、艷やかな黒髪が揺れた。
「それがわかれば、女学校に潜入した玲さんは、片っ端から試していると思いますので……。現状、決め手になる方法は、見つかっていないのかと」
「それでは、私にはどうにもできませんね?」
無理難題を押し付けられていたと気づき、胡桃は思わず責めるような調子で言ってしまう。そうですね、と星周は一度認めた上で、顔を上げた。
青年らしい香気漂う、くもりなく澄んだ瞳。心を見透かすようなその目は、一切笑っていなかった。
「人間に擬態できる妖魔の情報は、本当に少ないんです。玲さんのお母様が、妖魔の中でも特殊なだけならまだ対処の方法があるのですが……、人型の妖魔は異国でも確認されています。たとえば人間と見分けはつかないが『日光に弱く、日中は活動できない』といった特徴のある妖魔との遭遇例とか。つまり、世界的に『そういう局面』を迎えていると考えた方が良いでしょう」
言いながら、星周は空を見上げる。胡桃も、つられて同じ動作をする。
日差しはまぶしいほど明るく、路地に注いでいた。
(光を苦手と、思ったことはないわ……。でも、星周様が私に対してすべてを正直に打ち明け、手の内をさらしているとも限らない。どういった動作に注目していて、判断するときは何を糸口にするつもりなのか。私は、いつまで疑われるのかしら)
証明できない、証明の方法もない。
「妖魔も、面倒なことをしてくれますね」
思わず胡桃が呟くと、星周は淡く微笑んだ。
「妖魔だって、そう思っているはず。千年前には、銃火器の類はありませんでした。刃だって、いまほど研ぎ澄まされていなかった。妖魔と隣り合わせで生きる中で、人間は異能だけではなく、妖魔へ対抗する方法を発展させてきました。妖魔だって、変わらなければ、狩られるだけです。当然、生きていくための方法を考えるでしょう。人間を知るために、人間の間で暮らしてみるというのも、当然の流れのように俺は思います」
言い終えて「行きましょう」と声をかけてくる。胡桃もまた、二人きりで長く過ごすものでもないと思っていたので、素直に歩き出した。
そして、肩がぶつかるほどに近く、星周の気配を感じながら、つくづく不思議なひとだ、と思うのだった。
(妖魔の討伐数は、おそらく群を抜いているはずなのに。妖魔に対して、あまり嫌悪感がない話しぶりのように感じました……。親しみを覚えているとも言えないけれど、生き物としてその存在を認めているみたいで)
個人的な憎しみで戦っているわけではないからなのかもしれないが、それはそれで不思議だ。「異能を持っているから、人間の敵と戦え」と誰かに言われて、素直に身を投じられるものだろうか。
それとも、いまはまだ警戒している胡桃に対して、うまく自分自身の本音を隠しているのだろうか。
なにしろ、胡桃は自分が人間と証明することはできない。
だけど、と星周の整った横顔を見上げる。そして、意趣返しのように言った。
「私や兄ばかり疑われているのも、面白いものではありませんね。玲様は、ご自身のことを半分は妖魔だとおっしゃっていましたが、星周様はどうなのですか? 半分が妖魔でも、異能を持ち、妖魔と戦うことができるというのなら、あなただってその可能性はあるではありませんか」
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