第4話 真犯人
予備隊内に間者がいるかもしれないというシャスタの推測に、修練場は騒然となった。
「いや、もしかするとそうかもしれないけれども、それはないだろう。今回の犯人は単に嫉妬にかられてるだけかもしれないし」
それから、シャスタは隅で小さくなっているスルークに話しかける。
「なあ、スルーク。さっきこいつが『剣を抱えて眠っていた』って言っていたよな? それ、いつ見たんだ?」
「え、それは……休憩中とか……」
スルークは言い淀みながら、他の予備生たちの顔色を見る。彼の発言に疑わしい部分があることに気がついた予備生たちは、一様に疑いの目をスルークに向け始めた。
「そもそも、こいつが寝ているところを見るのは珍しいんだぞ。まして剣を持ってだって?」
「え、でも、寝ない人なんていないでしょ……?」
「いるんだな、ここに」
シャスタはまだ落ち着かないティロの肩を叩く。極度の不眠症を患っているティロは数日寝付けないことも多く、数年一緒にいるシャスタでさえ彼が熟睡している姿を見ることは稀であった。そしてティロの不眠症故の夜の徘徊は予備隊内で黙殺されていて、予備生の大部分がそれを知っていた。
「こいつが剣を持って寝ているということを知ってるってことは、夜中修練場に潜り込んだってことと一緒だ。それで、お前は修練場で何をやってたんだ?」
シャスタからの尋問にスルークが完全に沈黙したことで、予備生たちは彼が道具室を荒らした犯人であることを確信した。真犯人がわかったところで、急に元気になったティロがスルークに詰め寄った。
「そうか、わかったぞ。修練場の前の模擬刀も、あれはお前の仕業だな。どうせ最初はノットがしまい忘れたようにみせかけたけど誰も気付かなかったから、その後夜中にゆっくり道具室を荒らしてやっぱりノットのせいにしようとしたんだろう?」
スルークはティロに睨まれ、固まってしまった。
「だけど夜中にやってきたら、俺が何故かひとりで鍛錬している。俺がいなくなるのを待ったけどなかなか出てこない。それでしばらくしてから俺が寝てるのを確認して、そっと修練場に入って道具室を荒らした。ついでに俺を閉じ込める意味で外側から鍵をかけた、違うか?」
スルークは小さく首を振るが、誰も信じる者はいなかった。
「それで、本当のところはどうしてこんなことしたんだ?」
ハーシアに諭され、開き直ったスルークは大声でまくし立てる。
「だいたい、なんで窓から出てくるんだよ! 大人しく昼まで閉じ込められておけばよかったのに!!」
「俺たちはあのくらいの高さなら普通によじ登るぞ?」
平然と答えるティロに、スルークは食ってかかる。
「でも、窓まで大人2人分はあるだろう!」
「こいつは4階くらいまでなら平気で登るぞ。お前もそのうち登るからな」
ティロに肩を叩かれ、シャスタが得意そうにする。
「でも、だからって、だからって……」
ついに言い返せなくなったスルークは更に大声を張り上げる。
「だって、だってズルいじゃないか! 俺だって一生懸命やってるんだぞ! それなのに年齢だの新入りだので差別しやがって! 俺が本気になればお前らだって簡単にぶちのめせるんだぞ!? 現に今だって懲罰房ごときでビビってたじゃねえか! 情けねえな!!」
スルークが言いたい放題まくし立てると、ティロの顔からすっと色が消えるのが見て取れた。
「やめろ、ティロ!」
シャスタの制止の前に、ティロはスルークの腹に一発拳を叩き込んでいた。それから周囲が止める前に、ティロは殴り飛ばされたスルークに馬乗りになって、更に顔面を強打していく。
「どうした? ぶちのめすんじゃなかったのか?」
抵抗も出来ずいきなり殴り飛ばされたことで、スルークは全身が凍り付くような恐怖に襲われていた。それ以上にティロから急に発せられた滲み出る凶悪な殺気に気圧されていた。
「いいか、どうしても強くなりたかったら、まずはてめえで強くなりやがれ。卑怯な真似して他人蹴落として、そんなことして強くなったってなあ」
ティロはスルークの胸ぐらを掴んで、上半身を起こさせた。
「最後に自分守れなくて死ぬのは自分だからな!? 覚えとけ!」
更に攻撃を加えようとするティロを見かねた予備生たちが、必死で二人をようやく引き剥がした。
「その辺にしておけ。十分半殺しに出来ただろう?」
「う、うん……」
シャスタに抑えつけられて、ティロはようやく我に返った。抵抗も出来ずぼこぼこにされて震えているスルークを、ハーシアは担ぎ上げる。
「じゃあ、こいつは俺が責任もって教官室に連れて行くからな。そしてこれからの指示も教官から聞いてくる」
予備生たちはスルークがこれから懲罰房に入れられることを思うと、自分事のように恐ろしくなっていた。
「それにしてもティロ、ぶちきれると一番怖いのは相変わらずだな」
「ええ、そうですか……?」
ハーシアに指摘されて、ティロは首を傾げる。ティロとしてはちょっと懲らしめたくらいの感覚だったので「怖い」と言われるのがよくわからなかった。
「まあ、そういうところがお前らしいんだけど」
そう言うと、ハーシアはスルークと共に修練場から出て行った。
「なあ、そういうところってどこなんだ?」
訳がわからないティロはシャスタに尋ねる。
「そういうところは、そういうところだよ」
何事にも自覚のないところがティロの良いところであると知っているシャスタは、曖昧に言葉を濁した。真犯人はわかったが、いまひとつ釈然としないものをティロは抱えることになってしまった。
***
一週間の懲罰期間を終えて帰ってきたスルークは、人が変わったように大人しくなっていた。よほど懲罰房が堪えたのか、「懲罰」という言葉を聞くだけで顔色を変えるほど追い詰められたようだった。
後日、ティロは事件について気になったことをシャスタに尋ねた。
「あのさ、どうして俺が犯人じゃないってすぐにわかったんだ?」
「剣を極める者、まず己の命を剣に預けるべし……だろ? そんな奴が模擬刀を曲げたりするもんか。あんなことが出来るのは剣より己のほうが大事な奴だ。それだけでお前が犯人じゃないって一発でわかるよ」
シャスタはティロがよく引用する「剣術指南」を引き合いに出した。
「そっか……ありがとな」
全てを失った日から何も信じられなくなっていたが、改めて誠実に他人を信じることの有り難さをティロは感じていた。そして、それをつなぎ止めたのが既にこの世にいない祖父であったことがたまらなく嬉しかった。
「当たり前だろう、友達なんだから」
「そうだな」
新しく手に入れたものを、今度は大事にしていこうとティロは前を向くことにした。
〈了〉
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