第3話 疑念
道具室が荒らされたことで予備生たちは全員修練場に集められた。クロノ教官が立ち去った後、リーダー格である11番のハーシアが口火を切った。
「……で、誰がやったんだ?」
「俺じゃないぞ、なくなったものはなかっただろう?」
最初に否定をしたのは、17番のレシオだった。何か騒ぎがあれば、真っ先にいつも疑われるのは彼と相場が決まっていた。
「流石に今回はお前を疑いはしないよ……何もなくなってないんだからな」
ハーシアは昨日からのことを思い返した。
「昨日は休養日で、修練場では一日中自主鍛錬をしていたんだな……そして朝、点呼をしようと思って歩いていたら……そう言えば修練場の窓から出てきた奴がいたな」
ハーシアはそう言って、じっとティロを見つめる。
「毎晩勝手に修練場で鍛錬しているって言うが、実際のところどうなんだ?」
予備生たちの視線が一斉にティロに集まった。
「そんな、俺は……」
「じゃあ、どうしてわざわざ窓から出てきたりしたんだ? 少なくとも早朝、修練場にはいたってことだよな?」
「それは扉に鍵がかかっていたから、仕方なく」
「じゃあ誰が鍵をかけたっていうんだ?」
「それは……犯人だよ、きっと」
ティロの弁明は虚しく消えていった。
「だから俺じゃない、俺じゃないぞ!」
「でも、俺は確かに修練場の窓から出たお前を見たぞ。道具室を荒らして窓から外に出て、外側から鍵をかけて発覚を遅らせようとしたんじゃないか?」
ハーシアが状況から推測できる事態を並べた。
「だからと言って、俺がやったっていう証拠はないだろう?」
「やってないという証拠もないぞ」
ハーシアの反論にティロは食ってかかる。
「大体、何で俺がこんなことしなくちゃいけないんだ!?」
「そんなの知るか」
「俺だって知るもんか!」
必死で言い訳をすればするほど、疑いがティロに向いていく。途端に懲罰房に入れられるのではという不安がこみ上げてきて、極度の閉所恐怖症のティロは立っていることもままならなくなってきた。
「まあまあ、動機は後にして今は誰が犯人か突き止めないと。懲罰房の前に修練場に閉じ込められてるんだぞ」
今にも倒れそうなティロを支えて、冷静にシャスタが促す。
「そうだな。それじゃあ昨日の自主鍛錬の後、最後に道具室から出たのは誰だ?」
「……俺です」
名乗り出たのは45番のノットだった。
「その時、道具室はどうだった?」
「いつも通り、だったと思います……おかしなところは、どこにもなかった」
ノットは昨日の様子を懸命に思い出そうとしているようだった。
「それじゃあ、夜中に鍛錬してた時の道具室はどうだったんだ?」
ハーシアはいつ道具室が荒らされたのかを知るため、すっかり青ざめているティロに話を聞く。
「それが……道具室には入ってないんだ」
「どうして?」
ティロも一生懸命、昨夜から今朝にかけてのことを思い出していた。
「模擬刀が一本、修練場の前にしまい忘れてあったから……それを拾って、鍛錬してた。朝も急いでたから、扉の隙間から剣立てに放り込んだ。こんなことになっているなんて気がつかなかったよ」
「そうか。それなら最後に道具室に入った奴にも荒らす機会があったってことだな」
疑いの視線が一気にノットに集中した。
「ま、待てよ! 俺じゃないぞ! 信じてくれよ!」
「さあ、それはどうだろうな」
予備生たちはそれぞれに疑わしい人物について話を始めた。
曰く、夜間にこっそり鍛錬しているティロが怪しい。
曰く、最後に道具室に入ったノットが怪しい。
二人が疑惑の目に包まれている中で、14番のスルークが口を開いた。
「僕はノットさんだと思います。だって、ティロさんは剣を抱いて寝るくらい剣が好きなんですよ? そんな人がこんな惨いことやるとは思えませんね」
すると、予備隊では数が少ない女子である41番のリオがノットを庇った。
「でも、それならノットだって動機がないのはみんな知ってるでしょう? そもそも、こんなことして一体誰が何の得になるっていうの?」
まず何より、動機が不可解である点が予備生たちを混乱させていた。予備生同士の喧嘩や盗難は日常茶飯事だったが、ここまで大きな事件は滅多に起こるものではなかった。
「とりあえずひとつ言えるのは、ここまでビビり散らかしてるこいつの仕業っていうのは、まず可能性としては低いってことだな……いつまで震えてるんだ、いい加減しっかりしろ」
シャスタはそう言って、未だに震えているティロの背中を叩く。
「それに確実な証拠はないけどさ、怪しい奴はわかった」
予備生たちは一斉にシャスタに注目した。
「一体誰がこんなことをしたっていうんだ?」
「まず、リオも言うとおり『こんなことをして一体何の得になるか』って話だよな。でもなくなったものはないし、こんな派手なことをしたらすぐに犯人探しが始まるに決まってる」
シャスタは続けた。
「つまり、犯人の目的は道具室を荒らすことじゃなくて道具室を荒らした罪を誰かに着せることなんじゃないか? 明らかに怪しい奴らが疑われるように仕向けて、この騒ぎを引き起こす」
「そうすることで、そいつに何の得が?」
ハーシアの質問に、シャスタは答える。
「それは今疑われている二人の共通点にあるかもしれない。こいつらがいなくなったら、一体どうなる?」
「それは、予備隊としても人材の損失に……!」
ハーシアはそこまで言いかけて、シャスタの言いたいことに気がついた。
「もしかして、特務の戦力を削ぐために予備隊内に革命家が潜り込んでいるって言いたいのか?」
特務が重点的に行う任務は、革命思想の取り締まりであった。国家というものをなくして新たな共同体を作ることを目指す一派により、かつて各地で内乱が起きていた。それを平定するために組織されたのが特務であった。
「さあ、どうだろうね」
予備生たちは互いに顔を見合わせた。ここにいるものは事情があり、全員まともな素性でないことだけは確かだった。ひとりくらい身の上を偽った革命家が紛れ込んでいてもおかしくない。そんな雰囲気が予備生の間に広まっていった。
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