第2話 修練場の事件
ノットとの「剣豪ごっこ」を終え、ティロは再びシャスタの元へ戻った。
「よ、お疲れさん」
「やっぱり三連撃の最後の腕の返しが甘い気がするんだ……ちょっと付き合ってくれないか?」
先ほどの手合わせに物足りなさを感じたティロは、今度はシャスタに手合わせを申し出た。
「いいけど、そんな実用的でない技の研究する必要あるか?」
「剣を極める者、日々の鍛錬を最上の師とせよ……気になったことは何でも鍛錬で解消しておくべきだ」
ティロはデイノ・カランが提唱したとされる「剣術指南」のひとつを挙げる。
「好きだな、その格言」
「この前読んだ本に書いてあったんだ、いい言葉だろう?」
(本当は本人から直々に聞いていたなんて言えないけどな)
そっと剣術指南を唱えると、ティロは少しだけ祖父と繋がれたような気がしていた。
「あの、すみません。その手合わせ、僕としませんか?」
ティロが後ろを振り返ると、14番の認識票を下げた少年がいた。予備隊の定員は60人で、認識番号は60に達すると01番に戻ることになっていた。
「確か、この前入ったばかりの新入りだ」
シャスタがそっとティロに耳打ちする。
「14番のスルークです。ティロさんの剣はとても素晴らしいです」
「へえ、剣技を見る目があるんだ」
スルークは新入りにしては年齢が高く、ノットとさほど変わりがなかった。
「ええ。大体の手解きは受けていたので、ここでもすぐ頭角を現すことになるかと」
新入りが自分の剣技の腕を自慢するのは今に始まった話ではなかった。ティロとシャスタは顔を見合わせ、苦笑いをする。
「じゃあ俺と手合わせしようぜ。俺の剣も素晴らしいぞ」
シャスタが申し出ると、スルークは一瞬不服そうな顔をしたが、すぐに表情を元に戻す。
「はい、よろしくお願いします」
それからティロは、シャスタとスルークの手合わせをしばらく眺めていた。
(俺なら新人にはもう少し手心を加えてやるんだが……容赦ないな)
シャスタは剣技だけはティロに敵わないものの、その他のことに関しては大体においてティロより優秀であった。無論、新入りにすぐに負けるような腕は持っていなかった。
(確かに基礎はなっているが……まだ安定感がない。これから死ぬほど扱かれて少しマシになるかもな)
「それで、俺を倒すってのはどうなったんだ?」
「まだまだ、これからです!」
(根性はあるみたいだな……まあ頑張ってせいぜい生き残れよ)
シャスタに振り回されるスルークを見て、ティロは予備隊に入れられたばかりの時の頃を思い出していた。誰も何も信用できず、他人を恐れていたティロに「友達になろう」と声をかけてきたのがシャスタであった。
(俺も……生き残るか)
模擬刀を手に、ティロはどこにいても孤独であることを再確認していた。
***
その日の夜は、星がよく瞬く天気だった。どうしても眠れないティロは自主鍛錬するために修練場へ向かった。夜間に修練場を使用するものはティロだけだった。盗まれて困るようなものもないので、修練場はいつも鍵が開いている。
「あれ、こんなところに模擬刀が……しまい忘れかな?」
入り口に落ちていた模擬刀を拾い、ティロはそのまま修練場へ入る。それからひとりで、自然と眠りに落ちるまで限界を超えて鍛錬を続けた。ティロはこれを「気絶特訓」と呼んでいた。それから模擬刀を握ったまま意識を失うことがティロの「睡眠」であった。
「……寝過ぎた!?」
修練場の床の上でひっくり返って気絶していたティロが起き上がると、既に日が昇るところのようだった。起床の点呼までに部屋に帰らなければ、どんな罰が待っているかわからない。急いで持っていた模擬刀をティロは道具室の扉の隙間から剣立てがあるはずの場所に放り込み、修練場から出ようとした。
「……あれ? 鍵がかかってる?」
修練場の扉には外側から
「急がないと……」
それから急いで部屋に戻り、何とか点呼に間に合った。午前はその後、体力訓練と座学が始まる。ティロは修練場の扉にに鍵がかかっていたことなど忘れて、その日をいつも通り過ごしていた。
午後からは剣技や体術などの鍛錬を行う。剣技は勿論、武器がなくても相手と渡り合うための体術や潜入捜査に欠かせない身体能力を磨く時間となっていた。中には高い壁を登ったり泳ぎを覚えたりする訓練もあり、予備生たちは緊張した中で日々を過ごしていた。
その日も剣技の鍛錬をするため、予備生たちは修練場へやってきた。
「あれ、鍵がかかってるぞ」
普段は解放されている修練場の扉に閂がかかっているため、予備生たちは不思議に思った。閂を開けて修練場へ入って模擬刀を取り出そうと、道具室の扉をひとりの予備生が開けたときのことだった。
「何だこれは!?」
悲鳴のような声に、予備生たちは一斉に道具室に駆けつけた。
「ひどい……」
「一体どうしてこんなことに!?」
道具室の中は酷く荒らされていた。床には先日の雨で出来たぬかるみから持ってきたと思われる泥が一面にぶちまけられていた。そして壁に掛けてある模擬刀は床に散らばって泥だらけになり、しかも何本か曲げられていた。
「一体何の騒ぎ?」
予備生をかき分けて駆けつけたのは、予備生たちをまとめるクロノ教官だった。荒れ果てた道具室を見て、彼女は顔をしかめる。
「誰かが、道具室を荒らしたんです」
「そうね。動物が忍び込んで暴れたにしては暴れすぎだし、子供のいたずらにしては少し度が過ぎているようね……何かなくなっているものはない?」
「今から調べます!」
予備生たちは真っ青になりながら、クロノの監督で道具室を片付けた。上級生が下級生に指示を出し、泥のついた模擬刀を洗って曲げられたものとそうでないものを分けた。
(かわいそうになあ……)
模擬刀を洗いながら、剣と共に生きてきたティロは自分自身まで汚されたような気分になっていた。ひと通りの片付けが終わったところで、クロノが予備生を全員修練場に集めた。
「さて、わかってると思うけれどこの予備隊に外部から侵入者なんかあってたまりますか。そうすると、内部にいた者の仕業と考えるのが自然よね」
予備生たちはざわめき、互いに顔を見合わせる。
「どうする? 今名乗り出れば、半殺しと懲罰房だけで済ませてあげるわよ」
懲罰房は房とは名ばかりの、ただの穴だった。そこに落とされて蓋をされ、最大3日閉じ込められるこの罰は予備生たちの間で恐れられていた。
「まあ、今ここで名乗り出るようならこんな卑怯な真似はしないわね。それじゃあ、犯人がわかるまで全ての訓練は中止します。そして全員、ここで犯人がわかるまで反省していなさい。修練場から出ることは許しません。犯人がわかったら教官室まで半殺しにして連れてきなさい……それから、懲罰房は倍の期間を確約しておくわ」
クロノは去り際にそう言い残すと、修練場の扉を閉めた。
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