第26話 真実

 腹心の部下であるセバスチャンが赤園まりんに降伏した。それすなわち、長年に渡り死神総裁に仕えて来た、補佐官の書きを持つ忠実な部下が裏切り行為に及んだことを意味する。

「ガクトに続き、セバスチャンまでも……」

 老剣士とともに宙に佇みながら、地上を見下ろすカシン様は失望した。

 先手を打ったセバスチャンさんが、催眠状態に陥ったまりんちゃんに手を下す瞬間から、カシン様と老剣士は一時休戦。そして空中に佇む二人はそこから、事の成り行きを見守っていたのである。


「もう、この辺にしねェか?」

 眼下を見下ろしたまま、静かに口を開いた老剣士がカシン様にお伺いを立てる。

「契約状態にあったセバスチャンから解放され、リミッター解除した嬢ちゃんは半端はんぱなく強いぞ。しかも、お前さんの右腕とするセバスチャンはこちら側についた。もはや勝ち目はない」

 老剣士は辛辣しんらつそのものだ。

 しばし、真一文字に口を結び、老剣士とともに地上を見下ろしていたカシン様はフッ……と気取る顔に降参の笑みを浮かべた。

「そうだな」

 銀色の剣を片手に、凜然とこちらを見据える赤園まりんは今や、強力な味方となった仲間を作り、死神総裁の力を以てしても敵わない強者となった。今はこれが限界だ。ならばこれ以上、争うことはない。


 不意に携えていた大鎌を、念力で以て消したカシン様は、音も無く屋上に降り立った。

「そう、身構えるな。今の私はもう、君と戦うことを望んでいない」

 カシン様はそう、穏やかな笑みを浮かべて制した。その言葉に、剣を構えたまりんちゃんが怪訝な表情をする。

「まずは話を聞いてくれ。その後で、私をどうこうしてもらって構わない」

 カシン様はしれっとそう言った。


「……話とは、なんでしょうか?」

 警戒を緩めず、まりんちゃんは尋ねた。セバスチャンさんとシロヤマは、まりんちゃんの面前に姿を見せたカシン様の部下である。それを知ってからはタメ口は利かず、まりんちゃんは敬語を使うようにしていた。

「我ら死神が君を狙う理由……それについて今ここで、はっきりとさせておきたい。その方が、君もすっきりするだろう?」

 確かに、それは一理ある。と、まりんちゃんは思った。どうして死神にを狙われなければならないのか。その疑問が解決するのなら、カシン様の話を聞いてもいい、そう思い直したのだ。今までもやもやした気持ちを抱えていたまりんちゃんは構えた剣を下ろした。


「聞かせてもらいましょうか。死神総裁のあなたから……私が、死神のあなた達に狙われる理由を」

 警戒心は解かず、凜然と前を見据えたまりんちゃんはそう言うと了承した。

「では、語らせてもらうよ」

 いくぶん安堵したように、カシン様は返事をすると理由を語り始めた。

「我ら死神が君を狙う理由。それは……君自身が生身の人間ではなく、幽霊ゴーストそのものだからだよ」

 まりんちゃん、細谷くんの二人が驚愕。それ以外の大人達はみな真顔で、口を真一文字に結んでいた。ここに集う人間の中で、事実を知らなかったのは、学生の二人だけだったのだ。



 緊迫した空気が辺りに漂い、凍り付くような静けさが屋上からすべての音を消し去った。真顔を浮かべるカシン様は話を続ける。

「これはあくまで、私の推測に過ぎないが……君が今の姿になる前、何者かに襲われた可能性がある。

 そして、なんらかの原因が生じて本体から魂が抜け落ち、君はゴーストになってしまった。君の本当の身体からだはまだ見つかっていない。結社総出で捜索を続けているがね。多くの謎は残るが、命を最優先とし、ゴースト化した君を保護する目的で我らは近付いたのだ」


――君が今の姿になる前、何者かに襲われた可能性がある――


 真顔で推測したカシン様の言葉が引き金となり、断片的な記憶のカケラがまりんちゃんの脳裏に流れ込む。

 緩やかな日本海の潮風が吹き抜ける田圃道たんぼみち。まるで、紅蓮の焔を身に纏っているかのような、真っ赤な着物姿の、祠の管理人さん。ファー付の白いダッフルコートを着込んだ黒髪の青年と、耳にかかるくらいの、銀鼠色ぎんねずいろの髪に優しい目をした、二十代くらいの青年……どれも、半年前の記憶である。

 やっぱり……私は、殺されたんだ。優しいふりをして、平気で人をあやめる堕天使に。

 その後、祠の様子を見に行っていた祠の管理人さんが戻って来て、意識を取り戻した私に呪いを掛けて……永遠に現世を彷徨う『人ならざる者』の姿になってしまったのね。


 顔面蒼白になるまりんちゃんの両脇に佇んだ細谷くんとシロヤマが、無言で手を繋ぐ。

「大丈夫。俺がしっかり、赤園を護るから」と、自信に満ちた笑みを浮かべる細谷くん。

「もう、一人じゃないから。困ったらいつでも頼ってよ。俺達は、まりんちゃんの強い味方だからさ」

と、気取った笑みを浮かべて、まりんちゃんに向かってウインクをしたシロヤマ。

 半年前の、あの日の記憶が蘇り、恐怖で身体が震えるまりんちゃんの手をしっかりと握る二人に勇気づけられ、安堵したまりんちゃんの恐怖心が和らいだ。

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