第25話 補佐官

 まりんちゃんの言動に、一瞬だが目を瞠ったセバスチャンさん、サーベルから手を離して警戒心を解く。

「あなたと言う女性ひとは……」

 いよいよ降参の笑みを浮かべたセバスチャンさんはおもむろに右手を伸ばし、まりんちゃんが差し出す小瓶を受け取った。その光景を眺めながらもシロヤマは一人、考え事にふける。

 おい待て。まりんちゃんがセバスチャンさんに差し出したアレって……

 考えながらも、たった今、まりんちゃんが細谷くんに解毒剤を飲ませたところまで記憶をさかのぼったシロヤマは突然、はっと何かに気付く。

「ちょっ……待ってください、セバスチャンさん!」

 まりんちゃんのところへ駆け寄りながらもそう叫んだが、時既ときすでに遅しであった。片膝をついたまま、コルク栓を抜いたセバスチャンさんがグイッと、癒しの薬ヒーリング薬あおる。

NOノーォォォォ!!!!」

 怖れていた事が起きてしまい、顔面蒼白になったシロヤマが絶叫。

 ヤロォ……まりんちゃんと、間接キスしやがったっ……!

 そう、心の中で悔しがったシロヤマにとってそれは、まりんちゃんが細谷くんにキスをした時に次いで、大きなショックとなったのだった。



 空になった小瓶を手に、おもむろに立ち上がったセバスチャンさんが冷やかに口を開く。

「死神の弱点を食らわし、そのままにしておけば良かったものを……この私を生かしたこと……あなたはきっと、後悔しますよ」

「そうかもしれませんね」

 まりんちゃんは冷めた笑みを浮かべて、真顔のセバスチャンさんを見詰めながらもそう返事をした。


 何秒かの沈黙が流れた後、唐突とうとつに口を開いたセバスチャンさんがやおら尋ねる。

「ひとつ、よろしいですか?」

 セバスチャンさんからの問いに、冷めた笑みを浮かべたまま、まりんちゃんは返答。

「なんでしょうか」

「青の癒しの薬ヒーリングやくの存在を、どこで知ったのです?」

「私が、美舘山町に越して来る前に知り合った医師が教えてくれました。死封の力に弱い死神のために開発された薬がある。それが青のヒーリング薬だと」

「薬の調合も……その医師から教わったのですか?」

「そうですね。口頭でしたけど……とにかく紫系の色をした解毒剤なら、神力しんりょくかそれに匹敵する力を加えると癒しの薬になるって、医師は言っていました」

「その医師とは、ひょっとして……“癒やしの魔法使い”の異名をお持ちではありませんか?」

「よく、覚えていませんけど……確か、そのような異名があったような気がします」

「……」

 淡々たんたんと質問に応じるまりんちゃんと、一問一答をやり終えたセバスチャンさんはそこで押し黙ってしまった。

 やがて、フッと気取った笑みを浮かべて、一人納得した様子でセバスチャンさんがぽつりと呟く。

「なるほど……そういうことでしたか」


 おもむろにひざまづいたセバスチャンさん、呆然と佇むまりんちゃんの右手を取り、キスをした。

「私の負けです。赤園まりん。約束通り、今をもって、私との契約を解除させていただきます」

 顔を上げ、まるで忠義を誓ったかのごとく、セバスチャンさんは穏やかに微笑むと負けを認め、契約を解除した。

 まりんちゃんに青の癒やしの薬ヒーリングやくを教えた医師の存在には気付いたようだが、それとは別の事実についても、セバスチャンさんは気付いてしまっただろうか。

 堕天使と契約をしたことで使えるようになった堕天の力で以て、まりんちゃんが青の癒やしの薬ヒーリングやくを調合。堕天の力は神力にも匹敵する力であることも、まりんちゃんは余談として医師から教わっていた。その結果、細谷くんの命を救った解毒剤は青の癒やしの薬ヒーリングやくに生まれ変わり、セバスチャンさんの命までも救ったのだった。


「これで、残るは死神総裁ただ一人だ」

 まりんちゃんが手に入れた解毒剤のおかげで体力、気力ともに回復した細谷くんが静かに口を開く。

「その人を説得できれば、命懸けのこの戦いは終わりを告げる。問題は、誰が説得するかだけど……」

「私が、説得するわ」

 背丈を超える槍を手に、凛々しい面持ちで屋上に佇む細谷くんに、まりんちゃんは凜然と申し出た。

「彼の狙いは、私のだもの。ここは、当事者同士の方がいいと思う」

「それなら、俺が説得するよ」

 シロヤマが覚悟を決めた表情で口を挟む。

「当事者ってことなら俺も該当するし、まりんちゃん一人をカシン様のもとに行かせられないからね」

「そう言うことなら、私にも該当しますね」

 セバスチャンさんが、涼しい顔で微笑みながらもシロヤマの後に続く。

「死神業界の中でも一番したの下っ端を行くガクトくん(むかっ腹を立てたシロヤマが眉をひそめる)よりも私の方が説得しやすいでしょう。そう……死神総裁カシン様の補佐官を務める、この私ならね」

 セバスチャンさんはそう言って、気取るように含み笑いを浮かべると真の正体を曝した。


 ふと、腑に落ちない表情をしたまりんちゃんと細谷がくんが一瞬、フリーズする。

「補佐官……? セバスチャンさんが……?」と、細谷くん。

「補佐官って……なに?」と、まりんちゃん。

 頭が混乱している様子のまりんちゃんと細谷くんを見かねたシロヤマが真顔で説明。

「補佐官とは、死神結社の長であるカシン様に次ぐ高位で……カシン様から指令があれば、即時そくじ行動に移す。自由自在に動き、必ず任務を遂行する。セバスチャンさんは、同じくカシン様の補佐官を務める俺の上司に当たる人でもあるんだ」

「死神総裁に次ぐ高位……命令があれば即時行動、任務を必ず遂行するセバスチャンさんと、シロヤマが上下関係にあって、シロヤマ自身も補佐官だったなんて……」

「マジか……セバスチャンさんが、そんなに偉い死神ひとだったなんて思いもしなかったぜ……」


 交互に口を開いたまりんちゃんと細谷くんが驚きを通り越して、戦戦恐恐せんせんきょうきょうとした。

「信じられねェ……俺達は今まで、そんなスゲー死神ひと相手に戦ってたなんて……」

 ショックを受けた細谷くんがそう、声を絞り出すように呟く。

「私の立場、そしてその強さをご理解いただき、恐悦至極に存じます」

 セバスチャンさんとシロヤマの真の正体を知り、驚愕するまりんちゃんと細谷くんの反応を見て、にんまりしたセバスチャンちゃんは片手を胸に当てて、恭しく謝辞しゃじを述べたのだった。

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