第24話 癒やしの薬―青のヒーリング薬―
ごめんなさい。こんな時……どうしたらいいのか……分からないの。
……笑えばいいと思いますよ。
困ったように微笑むシロヤマと穏やかに微笑むセバスチャンさんが、目と目を合わせて心の中で会話のキャッチボールをする。
シロヤマは、セバスチャンさんに向けて、ぎこちなく笑った。これが正解なのか、シロヤマにもセバスチャンさんにも分からない。想定外のことに出くわし、途方に暮れるとは、このことである。
まりんちゃんの魂を回収しようとするセバスチャンさんと、その光景を目の当たりにしたシロヤマが絶叫するところに、まさかのさぶいギャグをぶっこんだまりんちゃん。
物語において、最も盛り上がる見せ場をぶち壊しにすると言う、ヒロインに有るまじき行為をしてしまったことに、まりんちゃんはあとあと後悔することになるのだった。
「なぁにが『私との契約が成立した時点で、この勝負の決着はついているも同然』よ。確かに、あなたと契約したことで、本来より半分の力しか出せてないけれど……私にはこの勝負、決着がついたようには見えませんけど?」
冷めた目でセバスチャンさんを見ながらも、まりんちゃんはどうどうとそう言った。
普通に、何事もなかったようにしゃべっとる……
妙に大人びた女性のような発言をするまりんちゃんに対し、シロヤマは内心そう思うと、静かに動揺した。
「あなたには先ほど……強めの催眠術を施した筈ですが……」
まりんちゃんはつんけんとした態度で、おもむろに問いかけたセバスチャンさんに返答。
「かかっていましたよ。シロヤマが、駆け付けて来る前まではね」
「なるほど……この中で、最も信頼するうちの一人であるガクトくんの声で、正気を取り戻したわけですか」
何もかも見透かしたような笑みを浮かべて、セバスチャンさんが真相を解明。
「そして、催眠術にかかっているふりをして私に近付き、このような仕打ちを……」
セバスチャンさんの、大鎌の重圧を背中で感じながらも、毅然とまりんちゃんは言った。
「細谷くんが使っていた槍を通じて、死封の力が私に乗り移ったんです。現状、その力を利用するのが一番手っ取り早いので、使わせていただきました」と。
「危険を
気取りながらも、降参の笑みを浮かべたセバスチャンさんは不意に、まりんちゃんから大鎌を遠ざけた。
「私が着ているジャケットの、左側の内ポケットに小瓶が入っています。それを持って行き、健悟くんに飲ませてあげてください」
とうとう、指令遂行を諦めたセバスチャンさんからの指示に、驚きの表情をしたまりんちゃんは思わず、問いかける。
「ま、まさかそれって……」
「あなたが今、最も欲しがっている
やんわりと微笑んだセバスチャンさんはそう言った。
にわかに動揺する気持ちを抑え、そっと手を伸ばし、灰色の燕尾服の内ポケットから解毒剤入りの小瓶を取り出したまりんちゃん、
「ここで待っていてください。すぐ、戻って来ますから」
そう、真顔でセバスチャンさんに言い残し、解毒剤を持って駆け出した。
「まりんちゃん……?」
結界の中に飛び込み、狐につままれたような顔をして佇むシロヤマの脇を通り抜け、両手で包み込むように解毒剤を持ちながら、まりんちゃんは細谷くんの傍につく美女のもとへと駆け寄った。
急ぎ舞い戻って来たまりんちゃんの顔色を見て、にっこり微笑んだ美女が安堵したように言葉をかける。
「おかえりなさい。その様子だと、うまく行ったようね」
「細谷くんは……?」
「気を失っているわ。今が最も、危険な状態よ」
緊張の面持ちで尋ねたまりんちゃんに、美女は険しい表情をして現状を報告。一刻を争う状況だ。
美女の言葉で瞬時にそれを理解したまりんちゃんは身体の向きを変え、細谷くんのもとへと急ぐのだった。
青白い顔で仰向けに横たわる細谷くんの脇で、まりんちゃんは膝を折った。
小瓶の中に入っている、青紫色の液体を口にふくんだまりんちゃんは、細谷くんに顔を近付けてキスをした。まりんちゃんのキスを通じて、解毒剤を飲み下した細谷くんがゆっくりと、目を覚ます。はっきりとした視界の中に、くっきりと浮かぶまりんちゃんの顔を見詰めながら、細谷くんが第一声を放つ。
「赤園……?」
「気分はどう?」
安堵の笑みを浮かべて、まりんちゃんは細谷くんに具合を訊く。
「まだちょっと、頭がぼうとするけど……もう大丈夫だ」
上半身を起こし、まりんちゃんに微笑みかけた細谷くんはやんわりと謝意を示す。
「ありがとう。赤園のおかげで命拾いした」
「良かった……細谷くんが、元気になってくれて」
心の底から安堵したまりんちゃんはそう返事をすると、嬉しそうに微笑んだ。
「ごめんね。もう少し、細谷くんと話していたいけど……待たせている人がいるの」
おもむろに立ち上がり、申し訳なさそうにまりんちゃんはそう言うと身体の向きを変え、再び走り出す。
まりんちゃんから不意打ちを食らったセバスチャンさんは、大鎌から元に戻ったサーベルを手に、動けずにいた。
対象者である赤園まりんの魂を回収するどころか、それをやろうとした自分自身がまさかの不意打ちを食らって動けなくなるとは……結社の中でも高位に就く身として不覚ですね。
俯き加減で微かに冷笑を浮かべながら、セバスチャンさんは自身を恥じたのだった。
「お待たせしました」
自力で立っていられず、片膝をついて蹲るセバスチャンさんの面前に、
「あなたもこれを飲まないと、無事じゃ済まなくなる」
おもむろに片膝を折り、同じ目線になるとまりんちゃんはすっと、残りの解毒剤が入る小瓶をセバスチャンさんに差し出した。それを見て、困惑の笑みを浮かべたセバスチャンさんがやおら返答。
「……
セバスチャンさんにとっては、しごくまっとうな意見を述べたに過ぎない。しかしそれは、真顔で対面するまりんちゃんにとっては想定内である。
「確かにこれは、今のあなたには無能な薬です。このままだとね」
そう返事をしたまりんちゃんが、右手で握る小瓶に力を集中させた、次の瞬間。
小瓶の中に残る解毒剤の色が、まばゆい光を放つ、優しい色合いの空色へと変わったではないか。
「青のヒーリング薬。
まぁ、どうしても飲みたくないなら、無理に勧めませんけど。
冷ややかな目つきで、まりんちゃんは最後にそう付け加えると言葉を締め括ったのだった。
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