第23話 待機
「いよいよだな」
まりんちゃんの後方に佇む村雨蒼司氏が、精悍な面持ちで前方を見詰めながら呟く。
「ええ……正直いまも、不安は拭いきれませんが」
村雨蒼司氏の左隣に悠然と佇むシロヤマはそう、真顔で返事をした。二人とも、いつでもまりんちゃんを援護できるよう体勢を整え、待機中である。
「自分で決めたことであろう。いまさら、後戻りはできぬよ」
穏やかな笑みを浮かべた、やに前向きな村雨蒼司氏の発言を受け、顔色一つ変えず、シロヤマは
「……そうですね。けれど、意外でした。あなたなら、反対すると思っていたのに……」
「反対はせぬ。彼女の言うことには、頷けるものがあった。ゆえに、私も手を貸すのだ」
穏やかな口調で村雨蒼司氏はそう言った。気取った笑みを浮かべて、シロヤマが返事をする。
「そうですか……まぁ、ここにいるのが俺だけだったなら到底、彼女を護り切れなかったのは事実ですけど」
およそ三分ほど、セバスチャンさんと対峙していたまりんちゃんが携えていた槍をスイングし、銀色の光線を飛ばす。それを待ち構えていたセバスチャンさんが、ヒュンッとサーベルを一振りし、前方から飛んで来るそれを撃ち返した。
まりんちゃんはすかさず、両手で持った槍を屋上の床に立てて結界を張り、サーベルの風圧で勢い良く戻って来る光線を防ぐ。それは決して、まりんちゃんから目を離さないようにしながらもシロヤマが村雨蒼司氏に返事をするのと同時だった。
「始まったな」
そう、まりんちゃんが張った結界に当たり、爆発した光線の音を聞き、気を引き締めた村雨蒼司氏が冷静に呟く。
「まりんちゃんに、細谷くんの槍を持たせて正解だったぜ。さっきの、俺との交戦で、自力で武器を具現にできないくらい、かなり力が消耗しちまってるからな……」
沈着冷静な中に、気取った雰囲気を漂わせて呟いたシロヤマは村雨蒼司氏に視線を向けると、
「感謝しますよ。青江神社最強の最高神であるあなたが、これまた最強の
気取った笑みが浮かぶポーカーフェースで以て礼を述べ、力強く言葉を付け加えた。
「礼には及ばぬ。だが……
んなっ……! あいつ……あの老剣士の弟子だったんかよ!
しんみりと微笑む村雨蒼司氏から思わぬ新事実を知り、ポーカーフェースをしながらも、内心叫んだシロヤマに衝撃が走る。
「……そうですね。細谷くんにも、礼を述べておきますよ。セバスチャンさんとの交戦が終わった後で」
平静を装い、気取った笑みを浮かべたシロヤマがそう返事をした時だった。突如としてまりんちゃんを防護する結界が解け、急接近したセバスチャンさんのサーベルに弾かれた槍が後方へ飛び、咄嗟に身じろいだシロヤマの目と鼻の先で突き刺さったではないか。
「……いきなり、ピンチじゃねーか!」
シロヤマはそう叫ぶと、携えていた大鎌を突き立てた。サァ――……と、銀色の結界が半円形状に広がり、距離が縮まったまりんちゃんとセバスチャンさんの間に壁を作る。
「後は、私が結界を支える。早くまりんのところへ!」
まっすぐに立てた左手人差し指と中指に
「悪い……恩に着る!」
精悍な顔で、申し訳なさそうに返事をしたシロヤマ。大鎌から手を離し、自力で立たせると、屋上の床から引き抜いた細谷くんの槍を手に、まりんちゃんのもとへと急ぐ。
「まりんちゃん! 大丈夫?」
「シロヤマ!」
背後から駆け寄って来たシロヤマに、思わず驚きの表情で見遣るまりんちゃんがその名を叫ぶ。
「もしかして、この結界……シロヤマが?」
「うん。いま……蒼司さんが、俺の代わりに結界を支えてくれている」
「そっか……」
申し訳なさそうに微笑んだまりんちゃんは、やんわりと礼を述べる。
「ありがとう。おかげで、助かったわ」
「お待ちしておりましたよ。ガクトくん」
まりんちゃんの頭越しから、不敵な笑みを浮かべてシロヤマを見詰めながら、セバスチャンさんがやおら口を開く。
「彼女に危害が及べば、まっさきにあなたが駆け付けて来るだろうと思っていました。ですが、一足遅かったようですね」
やけに落ち着き払っているセバスチャンさんに、シロヤマは妙な違和感を覚えた。
なんで、あんなに余裕でいられるんだ……まさか!
ようやっと、気付いたようですね。
何かに気付いた様子のシロヤマに、心の中で呟いたセバスチャンさんが怪しく微笑む。
「ま……」
「赤園まりん。あなたの
シロヤマより早く口を開いたセバスチャンさんがすっと左手を差し出し、まりんちゃんに命じる。
怪しく光るセバスチャンさんの目を見詰めながら、まりんちゃんは無言でその手の上に、自分の手を重ねた。
「まりんちゃん!」
シロヤマは咄嗟に手を伸ばしたが、結界を突き抜けたまりんちゃんの手を引き、抱き寄せたセバスチャンさんに阻まれ、あえなく失敗に終わった。
「私との契約が成立した時点で、この勝負の決着はついているも同然なのです」
後方へ飛び退き、シロヤマとの距離を充分に置いたところでまりんちゃんを抱きながらも、余裕の笑みを浮かべてセバスチャンさんはそう言った。
ヤロォ……まりんちゃんの心を操り、結界の外に引っ張り出しやがった……!
セバスチャンさんにしてやられたシロヤマは、悔しさのあまり歯噛みした。
「ガクトくんが
セバスチャンさんが右手に携えるサーベルが、シュッと音を立てて大鎌に変形した。
「待ってください、セバスチャンさん!」
大鎌を手に、悠然とシロヤマを見据えるセバスチャンさんに、結界越しからシロヤマは叫び、制止を計る。
「赤園まりん。今度こそ、覚悟してもらいますよ」
ゆっくりと大鎌を傾けたセバスチャンさんは、鋭利なその刃をまりんちゃんに向ける。
「やァめろォォォ!!」
シロヤマが、屋上に響き渡るくらいの音量で絶叫した。その時だった。
「……イルカが、この屋上にいるかってんだ」
灰色の燕尾服を右手でぎゅっと掴みながら、セバスチャンさんの胸に、左頬をくっつけたまりんちゃんの口から、ダジャレが飛び出した、次の瞬間。セバスチャンさんが振るう大鎌の尖端が、まりんちゃんの背中すれすれでピタッと止まったではないか。
思わず静止画状態と化すシロヤマの後ろ姿が、うすら寒さを物語っている。なんとも言えない微妙な空気が、シロヤマとセバスチャンさんの間に漂った。
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