第22話 説得②

「シロヤマ。改めてここに、宣言する」

 屋上の床に槍を突き立て、深呼吸した細谷くんは気持ちを整えると、改まった顔で冷静沈着に断言する。

「俺は、おまえを信じるぞ」

 真顔でそう告げた細谷くん、ふっと力が抜けて、前のめりになった全身をシロヤマに預けた。

「細谷くん……?」

 咄嗟に細谷くんの身体をキャッチしたシロヤマは、なんだか様子がおかしいと訝った。


 そして、なにげなく細谷くんの左肩を支えていた右手の平を視認したシロヤマは思わず、息を呑む。細谷くんのものと思われる血液が、険しい顔で見据えるシロヤマの、右手の平に付着している。

「きみ……怪我してんの?」

「屋上で……セバスチャンの不意打ちを食らってな……怪我自体は大したことはないが……うっ……どうやら、毒を盛られたらしい」

 左腕一本で身体を支え、鋭い口調で尋ねたシロヤマに、細谷くんは全身の苦痛でうめきながらもそう返答した。

「……分かった。解毒剤は、俺がなんとかしてやるよ」

「本当は、自力でなんとかしたかったんだけどよ……こんな身体じゃもう、護り切れねェ……」

 フッと、気取った笑みを浮かべた細谷くんは観念したように返事をするとすぐ、

「おまえなら、きっと護ってくれる。赤園を……頼んだぞ」

 しっかりとした口調で言葉を付け加えると、シロヤマにまりんちゃんを託す。

「後は俺に、任せとけ」

 細谷くんからまりんちゃんを託されたシロヤマはそう、真剣な面持ちで力強くこたえたのだった。



 低い体勢になり、屋上の床にそっと細谷くんを寝かせたシロヤマはゆっくりと立ち上がった。

「まりんちゃん……今の話、聞いてたよね」

 おもむろに振り向き、真顔で向き合ったシロヤマに、真剣な面持ちで佇むまりんちゃんは返事をした。

「うん」

「一刻も早く解毒剤を手に入れ、細谷くんに飲ませること。これが最も重大で、最優先すべきミッションだ。が、この重大ミッションをクリアするには、妨害となる者をどうにかしなきゃならない。きみなら、この意味が分かるよね」

 まりんちゃんは大きく頷いた。


 重大ミッションをクリアするためには、その妨げとなる者達と戦わなければならない。

 妨げその一となる、死神総裁カシン様はもっか、強靭な老剣士と交戦中。携えた武器を手に、互いの力がぶつかり合う、白熱とした空中戦が続いている。これではとても、ミッションを妨害するほどの余裕はないだろう。

 残るは、妨げその二となる者……セバスチャンさんだ。対戦相手だった細谷くんは今や、セバスチャンさんが放った不意打ちに倒れ、戦闘不能におちいっている。対戦相手がおらず、フリーのセバスチャンさんをどうにかしないことには、ミッションクリアとならない。


「セバスチャンさんの相手は、俺が引き受ける。きみはここに残って、蒼司さん達と一緒に、戦いの成り行きを見守っていてほしい」

「ごめん。それは、無理」

 いたって真剣なシロヤマの言うことを、まりんちゃんは真顔で拒否。

「私が、セバスチャンさんの相手になるわ」

「気持ちは分かるけど……セバスチャンさんの相手は、きみじゃ務まらない」

 顔色ひとつ変えず、シロヤマは説得を試みる。

「セバスチャンさんは、想像以上に手強い。死封の力を持った細谷くんでさえ、敵わなかった。そんな強者の前にのこのこ出て行ったら、逆にられてしまう」

「そんなの、百も承知よ」

 眉を上げたまりんちゃんが反論。

「だけど、このままじっとなんてしていられない。もともと、セバスチャンさんには用があるの。だからお願い……私に、戦わせて」

「……いや、ダメだ。全身全霊で護ると誓ったばかりで、きみを危険に曝すわけには……」


 まりんちゃんは切望したが、シロヤマは頑なにそれを拒む。その口ぶりは、まりんちゃんの気持ちを酌んで戦いに行かすべきか否かで葛藤しているようにも思えた。

「それなら、シロヤマも一緒に、戦ってよ」

 今度は奮然と口を開いたまりんちゃんが、シロヤマを説得する。

「どっちか一人じゃなくて、二人で戦った方が、戦闘力も増すと言うか……とにかく、みんなで一丸になった方が戦いやすいと思う」

 シロヤマの言う強者が相手ならなおさら……ね。

 まりんちゃんは最後にそう、さりげなく付け加えて言葉を締め括った。


「私も彼女と、同意見よ」

 いつの間にか、対面するまりんちゃんとシロヤマの傍まで歩み寄っていた美女がやおら、美声を奏でて話を切り出した。

「自分でも敵わないと思う強者が相手なら、一人より多くの仲間と戦った方が効率的だわ。幸いここには、あなた達の味方が沢山いるしね」

 美女はそこで一旦区切り、

「自分の傍に置いて、ただ危険から遠ざけるだけが能じゃない。時には協力し合って、助け合って、支え合うことも、大切な彼女ひとを護る上では、欠かせないんじゃないかしら」

 そう、最後にアドバイスをして言葉を締め括った。


「そっか……そうだったな」

 美女からのアドバイスを聞き、シロヤマは目が覚めたように笑いながら呟いた。そういえばここに来る前も、似たようなことしたっけ。と、忘れかけていたあの瞬間を思い出しながら。

 かなり危険だが……賭けて見るか。

「いいぜ……死神結社の中でも強者に入るこの俺が、赤ずきんちゃんの望みを叶えてやろうじゃねーの」

 俄然がぜんやる気モードになったシロヤマはそう、自信に満ちた笑みを浮かべて断言したのだった。



 隙のない身のこなしで大鎌を振るう死神総裁カシン様。

 かたや、引き抜いた剣でカシン様の大鎌と交差させ、防御する老剣士。

 空中戦において、互角に戦う二人が発する音以外、屋上は不気味なほど、静まり返っていた。

 セバスチャンさんとの交戦において、細谷くんが使用した煙幕弾の効果は、もう随分と前に切れている。

 視界良好となったセバスチャンさんの前に、精悍な面持ちのまりんちゃんが姿を見せた。細谷くんの槍を携え、凜然たる雰囲気を漂わせて、不敵な笑みを浮かべるセバスチャンさんと対峙する。


「おや……てっきり、ガクトくんが相手になると思っていましたが……あなたが対戦相手とは、意外ですね」

「あらそう……ごめんなさいね。対戦相手がこの私で」

 薄ら笑いを浮かべて嘲ったセバスチャンさんに、まりんちゃんはわざとらしく、心を込めずに詫びた。

「時間がないので、用件のみで失礼します」

 毅然と口を開いたまりんちゃんは、手短に用件を伝える。

「もし、これから始まる戦いに私が勝ったら……あなたが、私にした契約を解除してください」

「いいでしょう。あなたが私に勝利したならばその時点で負けを認め、解約してさしあげます」

 セバスチャンさんはあっさりと、まりんちゃんが提示した条件を呑んだ。

 まっ、ガクトくんよりも強いこの私が、か弱い赤ずきんの娘女子大生ごときに負けるとは、到底思えませんがね。

 腹黒いセバスチャンさんの心の声が、今にも聞こえてきそうだ。

「交渉成立……言ったからには、ちゃんと守ってもらいますからね!」

 フンッと、気取った笑みを浮かべたセバスチャンさんに、携えた槍を構えたまりんちゃんは気強くそう言ったのだった。

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