第21話 説得①

 観念したように告白するシロヤマに、細谷くん自身の正体がバレていた事実。

 何も知らなければ、告げ知らされた時点で驚愕するところだが、うすうす気付いてていた細谷くんはやっぱりな。と内心思うに留まった。

「いつから、気付いていた」

「きみと、初めて対戦した時から……かな。きみが、死神除しにがみよけの結界が張れるのを知ってぴんと来たんだ。まさか、死封の力以外にも魔力を操るとは思わなかったけど」

 明るくも、ほんのり切なく語るシロヤマはとても、嘘をついているようには見えなかった。


 今のシロヤマからは細谷くんへの敵意や殺意と言ったおぞましさが微塵みじんも感じられない。まりんちゃんに対する態度も、殺伐としていたさっきよりだいぶ丸くなったと言うか……俺はもう、きみのを奪うつもりはないよ的な、なんとも穏やかな雰囲気を漂わせている。

 ……いいのか? このまま……シロヤマを信用しても。

「信用しても、大丈夫だと思う」

 難しい顔をして葛藤かっとうする細谷くんの心を読んだまりんちゃんがそう、真顔で言った。シロヤマの右肩に埋めていた顔をガバッと上げて助言したまりんちゃんに、細谷くんは思わずぎょっとする。


「赤園……起きてたのか?」

「うん……シロヤマが、本音を語り始めてすぐ……だけど、話の腰を折りたくなかったから、寝たふりしてた」

 そう、ばつが悪そうに、まりんちゃんは細谷くんに返事をした。それを聞いたシロヤマは恥ずかしさのあまり赤面し、いィーやァァァ!! と心の中で絶叫。

「話を元に戻すけど……私は、シロヤマを信用しても、いいと思う。理由は……細谷くんが今、思っているのと同じだよ。さっきの方が死神らしかったって思うくらい、今のシロヤマには、死神らしさがまったく感じられないの」

「それは俺達をあざむくために、うまく気配を消してるだけかもしれない。今の本音言葉だって、本当かどうか……屋上で、赤園のを奪おうとしたあの姿が本当のシロヤマなんだとしたら……俺は、こいつを信用できない」


 細谷くんはまだ、葛藤している。それを見透かしたまりんちゃんは、声のトーンを保ったまま、説得を続けた。

「もし私達をあざむくための嘘を、シロヤマがついているとすれば……その時は、その槍で刺しちゃっていいと思う」

 真顔で冷静沈着に、すごいことを言って退けたまりんちゃんに恐怖し、青ざめたシロヤマの背筋が凍り付く。

「でも今は……とても、嘘をついているように思えないから……私は、シロヤマを信じるよ」

 頬を赤く染めて、愛らしく微笑んだまりんちゃんはそう、言葉を付け加えると締め括った。心の底から信じるまりんちゃんの姿に、細谷くんとシロヤマは目を瞠る。

「……俺も信じるよ。赤園が言ったことも……シロヤマのことも」

 降参の笑みを浮かべて細谷くんはそう言うと、シロヤマの首筋に突きつけていた槍を引っ込めたのだった。


「俺はこれからも、自分の気持ちに嘘をつきながら死神としての使命をまっとうするだろう。けれど、これだけは約束する。まりんちゃんのだけは、もう二度と奪わない。再び、きみのを狙う者が現れたらその時は……全身全霊で助け、護るよ」

 まりんちゃんと面と向かって誓い、愛おしく微笑んだシロヤマは、

「ありがとう。俺を信用してくれて」

 心の底から感謝し、愛情を込めてまりんちゃんを抱きしめた。

「べ、別に……感謝されるほどのことじゃ……ないんだからねっ!」

 恥ずかしさのあまり、ツンデレ化したまりんちゃんはそう、口を尖らせながらも返事をした。


 シロヤマが、まりんちゃんに感謝の気持ちを口にしたのは実は、これが初めてではない。

 シロヤマとまりんちゃんとの出逢いは、今から半年前。心地の良い日本海の潮風が吹き抜ける広大な田圃道たんぼみちで、堕天使と契約し、堕天の力が使えるようになったとまりんちゃん本人がシロヤマに打ち明けた。

 自身が死神であることを伏せていたシロヤマはびっくり仰天したのを、半年経った今でも鮮明に覚えている。

 相手の素性も分からないまま真実を打ち明けるのは、それ相応のリスクを伴う。まりんちゃんはすっかりシロヤマを信用して、真実を打ち明けてくれたのだ。

 事の成り行きによっては、味方どころか敵になるかもしれないのに。ありがとう、俺を信用してくれて。

 敵か味方かも分からない自分自身を信用してくれたまりんちゃんに謝意を示す言葉として、シロヤマはそう言ったのだった。


「いい加減……離れろ」

 しばし、シロヤマがまりんちゃんを抱きしめる光景を、むすっとした顔で眺めていた細谷くんがぶっきらぼうにそう言った。

「あれェ? もしかして細谷くん……嫉妬してんの?」

 口をへの字に結び、ツンデレ化したまりんちゃんを抱きしめたまま、細谷くんを見遣るシロヤマはにやりとするとそう尋ねる。

「そりゃ嫉妬すんだろ。自分が好きな相手が、恋敵ライバルにハグされてるのを見てたら誰だって……」

 仏頂面を浮かべて冷やかに返答した細谷くんの反応を見て、シロヤマはますますにやりとする。


「細谷くん……きみは実に素直でいい子だね」

 そうかそうか。今まで気付かなかったよ。それならそうと、早く言ってくれればいいのに。

 そう言って、そっと立ち上がったシロヤマは、屋上の床に両膝をついたままのまりんちゃんを背にし、細谷くんと向かい合った。

「さぁ、俺の胸に飛び込んでおいで!」

「……はァ?」

 満更まんざらでもない笑みを浮かべてさっと両手を広げたシロヤマの言動にわけが分からず、細谷くんは呆然とする。

「きみも、ハグして欲しいんだろう? だから嫉妬なんてかわいいことを……」

「シロヤマ……おまえ、なんか勘違い……」

「大丈夫! 俺は自分が気に入った人となら、誰とも愛せるから!」

 ただし、男とは一線を越えない範囲内だけどなっ!

 細谷くんの言葉を遮り、ハイテンションで断言したシロヤマ。少女漫画特有の、ほわわぁんとした雰囲気を出しながらスタンバッているシロヤマの口から、『男とは一線を越えない範囲内』という言葉を聞き、身の危険を感じていた細谷くんはちょっとだけほっとしたのであった。

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