第20話 死狩人―デスハンター―

 突如として、屋上に姿を見せた謎の美女に、およそ五メートルほど蹴り飛ばされたシロヤマは、仰向けの状態でぼんやりと、屋上に横たわっていた。

『――シロヤマに矢を射ったのが細谷くんじゃなかったとしても……』

 そう、涙声でまりんちゃんが細谷くんに訴える少し前から、シロヤマは目を覚ましていた。が、今は自分が出る幕ではないと状況を察し、気絶しているふりをしていたのである。


 目を開けて、屋上から見える紅色の夕焼け空を眺める。想うことは多々あれど、自ら無茶をしたことで傷つけてしまったまりんちゃんに対し、申し訳ないことをしてしまったと言う罪悪感がシロヤマを襲う。

 そーいや俺……なんで、助かったんだろう。

 なにげにふと、そのことが気になったシロヤマは、ゆっくりと右手を動かした。左胸にそっと当てた右手の指が、何か硬い物に触れた。自身が着ているブラックスーツのジャケットの中に、何かが入っている。それに気付いたシロヤマは、おもむろに上半身を起こし、ジャケットの内ポケットを弄った。

 なるほどな……俺はこいつに、命を救われたってワケか。

 誰にも見られないようにしながら、内ポケットから、少しだけ引っ張り出した何かを視認し、思わず苦笑したシロヤマはそう、心の中で呟いたのだった。


 誰かがこちらへやって来る気配を察知し、シロヤマは慌てて命を救ってくれた何かをジャケットの内ポケットにしまい直す。

「……やあ」

 平静を装い、愛想笑いを浮かべてまりんちゃんと顔を合わせたシロヤマは、朗らかに挨拶をする。だが、シロヤマの面前で立ち尽くすまりんちゃんは真一文字に口を結んで俯いたまま、返事をしなかった。

「ひょっとして……怒ってる?」

 まりんちゃんの顔色を見ながら、恐るおそる尋ねるシロヤマ。硬く口を閉ざすまりんちゃんはやはり、返事をしない。

「怒ってるよね……俺は、きみの大事なを奪おうとしたんだから。消滅覚悟で突っ込んで行って、今もこうして生き延びている……誰だって、こんなこと納得しないよ」

 切ない笑みを浮かべて語るシロヤマはそこで一旦区切ると、

「ごめんな。怖い想い、悲しい想い、いっぱいさせてしまって」

 真顔でそう、真摯しんしに謝罪した。


「……ホントだよ」

 シロヤマの気持ちを酌んだまりんちゃんが、ようやっと口を開く。

「私のを回収するのが、あなたの役目なのは理解できる。けれど……こんなにも苦しくて、胸が張り裂けそうな想いをするのは、もうたくさん!」

 俯いたまま、切実な本音を口にしたまりんちゃんに返す言葉が見つからず、複雑な顔をしてシロヤマも俯いた。その時だった。両手を広げたまりんちゃんが、ガバッとシロヤマを抱きしめたのは。

「シロヤマが無事で……本当に良かった」

 両膝をつき、シロヤマの右肩に顔を埋めるまりんちゃんの声と身体が、あふれ出る大粒の涙で震えている。いきなりのことにびっくりして、放心状態と化すシロヤマからはその泣き顔は見えなかったが、心の底からシロヤマを想い、嗚咽おえつするまりんちゃんの気持ちだけは胸に刻んだ。


「……ごめん。本当に……ごめん」

 心から、ひたすら詫びながらもシロヤマは、愛情を込めてまりんちゃんを抱き返す。

 死神は、対象者の人間にとって嫌われる存在だ。だから当然、それに該当するまりんちゃんにも嫌われていると思っていた。けれど今や、そんな死神存在の身を案じ、優しい涙を流している。

 温かくも優しい気持ちに触れ、心身ともに浄化されたシロヤマは改めて、これからも赤園まりんちゃんを護って行くと心に硬く誓ったのだった。


「それで? 対象者の人間にとって嫌われ者のおまえが、なんで消滅せずに生き残ってんだ?」

 返答次第ではこの槍でおまえを刺す。

 いつの間にかシロヤマの背後に廻っていた細谷くんがそう、どすの利いた声で尋ねたあとに言葉を付け加えた。利き手ではない方の、左手に携えた槍の切っ先を、油断ならない死神の首筋に突きつけながら。

「さァ……なんでだろうね」

 槍の切っ先を左側の首筋に突きつけられたまま、フッと気取った笑みを浮かべてシロヤマは応じる。

「ただ……奇跡は本当に起きるんだなって実感したよ」

「はァ?」

 しみじみとした風情で微笑みながら応じたシロヤマに、細谷くんは怪訝な表情をした。


 上半身を起こした状態で、泣き疲れて寝入ってしまったまりんちゃんを抱きながら、シロヤマは淡々と本音を語り始めた。

「もともと、俺は対象となるまりんちゃんの魂を回収する気はない。できることならまっすぐで、ひたむきに困難に立ち向かうまりんちゃんを、この手で助け、護ってあげたい。けれど……

 指令を引き受けた身として、まりんちゃんの魂を回収しないと言う選択肢はなかった。セバスチャンさんから譲り受けた指令を遂行しなければ、俺はそこから外され、まりんちゃんが危険な状態に陥ってしまう。だから……

 俺が消滅することで、まりんちゃんのが護られ、救われるなら本望だった。まさか、こんな形で生き延びるとは、思いもしなかったけどな」

「……なァ、シロヤマ」

 しばし、俯き加減でシロヤマの本音を聞いていた細谷くんが沈黙を破り、素っ気なく口を開く。

「本当のことを言えよ。おまえ、誰かに……この俺に、自分を止めてもらいたかったんだろう?」


 的を射た細谷くんの問いに、シロヤマは思わず、目を瞠った。

 そっか……そうだったんだ。

 細谷くんの問いかけは、シロヤマ自身が大切なことに気付くきっかけとなった。

 なんだか細谷くんにガツンと言われたような気がして、複雑になりながらも微笑んだシロヤマはやおら応じる。

「……今、ここで語った本音ことはすべて、本当だよ。本気で……そう思っていた。けれど……きみの問いかけも、あながち嘘じゃない。止めて欲しかった。まりんちゃんに鎌を向けたこの俺を……彼女の死を……俺自身が、消滅する形で」

 依然として、シロヤマに槍の切っ先を突きつけながらも細谷くんが、無愛想に返事をする。

「死神である以上、自力での消滅はまず、不可能だからな」

「そう……この現世に唯一存在する、死封の力を持った死狩人しかりびとなら、死神の俺を仕留められる。だからこそ、望みを託したんだよ。死封の力を持った死狩人……人呼んで、デスハンターであるきみにね」

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