第34話 経緯①

***


 次に目を覚ましたのは、真っ赤なロングコートを着た赤ずきんちゃんの女の子が上半身を起こして、なにやら独り言を言っている最中だった。

 俺の記憶が確かなら……目の前で小学生くらいの美少年にどこかへ連れ去られた筈だった。そんな彼女が今、間違いなく俺の真横にいる。それがなんとも不思議でならない。恥ずかしさに女の子の顔が火照ほてっていた。どうやら、俺が気を失っている間に何かがあったらしい。

「なっ……なに動揺しているのよ、赤園あかぞのまりん! キスはもう、高校三年生の頃に細谷くんと経験済じゃない。そうよ、ファーストキスを奪われなかっただけましだわ!」

「へぇー……そーなんだぁ……」

 屈んだ膝の上に右手で頬杖ほおづえをつきながら、意識を取り戻した俺が気がない返事をしたのは、真っ赤なロングコートを着た赤園まりんちゃんが自身に言い聞かすように声を張り上げた時だった。

「まりんちゃんが経験者だったなんて、それは知らなかったなぁー……」

 つまらなそうな顔をしながら、間延びした口調で俺は返事をする。そんな俺に、びっくり仰天したまりんちゃんはめちゃくちゃ動揺。

「なっ……ななななんで私の名前をっ……?!」

「今、自分で言ってたじゃん」

「気を失っていたんじゃ……」

「なに動揺しているのよ、赤園まりん! って、まりんちゃんが自分に言い聞かせている声で目が覚めたよ」

「じ、じゃ……それから前のことは……」

「堕天使と交戦したところまでは覚えているけど、その後のことは気絶しちゃったから覚えてないな」

「そう……なら、良かったわ」

「それはそうと、まりんちゃんに聞きたいことがあるんだけどさぁ……」

 つまらなそうな顔をしながらも俺は、ほっと安堵するまりんちゃんに尋ねる。

「俺が気絶している間に、祠の管理人さん、ここに戻って来なかった?」

「戻って来ましたよ。私も気を失っていたから、詳しく状況を説明することはできなかったけれど……」

 まりんちゃんは真顔で返答すると、様子を見に行っていた祠の管理人さんがここに戻って来たことを俺に話して聞かせた。

「罪人と断定するには証拠が不十分だから、今のところ保留……ね。しかも、祠に侵入したのが俺だけじゃなくて、他にもいる可能性があると、あの人は疑っているわけか」

「祠の管理人さん、言ってました。祠には、誰かが侵入した形跡が残っていたって。そこに安置されている堕天使の像に宿る魂が、そっくり抜けていたそうですよ。それで、像が偽物にせものだと見抜いたそうです」

 妙に冷静沈着なまりんちゃんの言葉に、屈んだまま真顔で考え込んでいた俺は、頬杖をついていた右手で頭を抱えると厄介そうに呻く。

「うげっ……マジかよ。あの人、なんでそんなことまで見抜いたんだか……」

「なんだか、心当たりがありそうな口振りですね」

 クールを装っているが、この時のまりんちゃんは妙に勘が鋭い。いささか動揺しながらも俺は頭から右手を離すと、まりんちゃんに視線を向けてあっさり白状した。

「さっき、俺が祠に行った時には、堕天使の像が消えていたって話をしただろう?

 実はその時……俺は、この身に宿る特殊能力で以て、復元したんだよ。忽然こつぜんと姿を消した、堕天使の像をな。完璧に復元できたと思っていたのに、像の中身まで復元できなかったがために偽物だと見抜かれてしまうとは……あの人、疑っているだろうな。堕天使の像を復元したのが、この俺だって」

「よく分かりませんね」

 腑に落ちない表情をしながらも、まりんちゃんは疑問を口にする。

「侵入しただけならまだしも、なんで、堕天使の像を復元する必要があったのでしょうか」

「それは……」

 なかなか鋭いまりんちゃんの疑問に、俺は真顔で返答。

「俺より先に、祠に侵入した誰かを、護るためだよ。俺の勘が正しければ、その侵入者が堕天使にそそのかされて封印を解いた可能性がある。

 何か理由があってのことなんだろうけど……もしも、俺の勘が当たっていたら、祠の管理人さんの逆鱗げきりんに触れて、重罪人扱いされかねない。最悪の事態になる前に、堕天使と侵入者を捜し出さないと……」

「あなたの勘……当たっていますよ。私が、あなたよりも先に祠に侵入して、堕天使の封印を解いたのだから」

「えっ……?」

 まりんちゃんによる不意打ち発言を受け、緊張が走る俺に、まりんちゃんは真顔で堕天使の封印を解いた、その経緯を語り始めた。


***


 もっか、一人暮らしをする美舘山町から故郷こきょうの海山町に帰省中のまりんちゃんが、小学生の頃から仲が良かった同級生のえっちゃんこと江崎えざきまさみ、みのりちゃんこと田山たやまみのりと再会、町内で唯一開店している小さなカフェテラスに集まり、細やかな女子会をした、その帰り道。店の前でえっちゃん、みのりちゃんと別れ、まりんちゃんは一人、自宅へ向けて歩を進めていた。

 この地域では毎年、五月の中旬頃になると田植えが始まる。そのため、春の陽気漂う三月のこの時期の田圃たんぼには入水されておらず、土が耕されていた。

 アスファルトで塗装された田圃道をまっすぐ進み、右側へ曲がりかけた時、息を呑んだまりんちゃんは異変に気付き、近くの電柱に身を隠す。

 緊張するあまり、顔が強張りながらも、恐る恐る電柱の陰から顔を出したまりんちゃんは前方を凝視する。

 三つ編みに結わいた紫紺の長髪、紅蓮ぐれんの焔を身に纏っているかのような真っ赤な着物と指貫の袴姿の男の横顔が見える。

 まりんちゃんから見て、向かって右手側には私服姿の中学生くらいの子供達の姿、そして紅色くれないいろの指貫の袴に白色の狩衣かりぎぬ、ウェーブしたこげ茶色の長髪を一本結びにした小学生くらいの、容姿端麗な少年が路上に倒れる子供達を背に、前方の男と対峙していた。

 何が起きているのか分からず、まりんちゃんが一人でいぶかっていると、真っ赤な着物姿の男が動き出す。

 おもむろに、手に携えた、赤い飾り房付きの、黒い剣を鞘から引き抜き、一振りする。次の瞬間、銀白色の光が楕円形に広がり、子供達の周りを覆って、剣先からたれた青紫色の光線をけたではないか。

 男が剣先から光線を出す光景も、小学生くらいに見える美少年が自力で結界を張る光景も、実際に目にするのは生まれて初めてである。

 現実の世界で、非現実的なファンタジー要素てんこ盛りのこの状況……これは首をつっ込まずに逃げた方が良さそうだ。

 思わぬ光景に目を瞠りながらも気転を利かし、まりんちゃんはそ~と電柱から離れると、光の速さで来た道を引き返したのだった。

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