第33話 蘇生術
とんでもない相手に手を出しちまったな。
辺りが、不気味なほど静まり返る最中。さりげなく救出した赤ずきんちゃんを抱いて一人、その場に佇みながらもそのことを軽く後悔したが、
けど……目の前で人ひとりが殺されたら……誰だって、正気でいられなくなる。
怒りに支配されていた心が冷静さを取り戻し、自分自身に言い聞かせるように内心そう思うに留まった。
「すっげーかわいい顔、してんじゃん」
低い姿勢になり、赤ずきんちゃんが被るフードを脱がし、頬を染めて微笑むと俺はそう呟いた。
愛おしそうに見詰めて抱くその腕の中で、雪のように白い女の子が、口を半開きにして永遠の眠りについている。まぶたが閉じられたその顔はかわいくも美しかった。
「ごめんな。俺がついていながら、
静かに謝罪すると俺は、女の子にそっと顔を近付けるとキスをした。
まだ、人間には試したことがない
蘇生術……その昔、死神になったばかりのころ、時の神、クロノス様とカイロス様の許可の下、時の神殿内にある『修行の間』にて修行をしていた俺が習得した術のことで、死した肉体の中に魂が残っていれば時を逆戻りさせ、死した動物や植物など生きとし生けるものの命を救い、
過去に一度だけ、神殿の近くを流れる運河を泳ぐ魚が死にかけていたところに遭遇し、蘇生術で以て、命を助けてやったことがある。それを、カイロス様に目撃されていたらしい。俺の傍まで歩み寄ったカイロス様が、厳格な表情でこう言った。
『お前のその術は、自然界の秩序を乱す恐れがある。そればかりか、術を習得したお前が悪しき者の手に渡れば、悪用されかねない。したがって、蘇生術を使うことを禁ずる。これに違反した場合、それ相応の罰が下るだろう』と。
カイロス様に禁じられてからは、絶対に使わなかった蘇生術を使ってしまった。その時点で、時の神との約束を破った俺には、それ相応の罰が下る。後悔はない。蘇生術で彼女が蘇り、再び一人の人間として人生を歩めるのなら。罰が下る、その前に……
口を真一文字に結び、俺は覚悟を決めた。魔力で以て、
つけないとな。彼女を手に掛け、俺が喧嘩を売った……悪しき灰色の天使との決着を。
不意に立ち止まり、前方にいる相手と対峙する。正体を隠すため、黒髪の青年に変身する俺が眼光鋭く睨め付ける視線の先、容姿端麗で清楚な服の上からねずみ色のロングコートを着た、こぎれいな佇まいに大きな灰色の翼を広げた
「今の俺には、時間をかけるだけの余裕はない。さっさと、決着をつけさせてもらうぜ!」
身体の全神経を集中させ、深呼吸をした俺は、両手に携えた銀色の剣をクロスすると
無数の刃となった銀色の光線が、涼しい顔をして佇む堕天使の身体を
「……っ!」
黒髪の青年が撃った光線の一つが、思わず目を瞠った堕天使の、右肩を掠めて傷を負わす。
ただの青年かと思いきや、この私の身体に傷をつけるとは……
堕天使は内心そう呟くと、軽視していた黒髪の青年を要注意人物として重視する。
銀色のオーラを身に纏い、闘志の炎を燃やす黒髪の青年は今や、無敵の雰囲気を漂わせていた。
あの様子では、闇雲に戦えば、こちらの方が圧倒的に不利になる。やむなし……か。
的確に判断した堕天使は黒髪の青年との交戦を諦め、瞬時に姿を消すと退散したのだった。
***
俺はただ、彼女の命を救いたかっただけなのに。なのに……なんで、こんな仕打ちを受けなきゃならないんだ?
対峙していた堕天使を退散させた後のことである。片田舎の、広大な田圃のまんなかに設けられたアスファルトの路上に、仰向けの状態で横たわる赤ずきんちゃんのもとへ戻った俺は不意に立ち止まり、息を呑んだ。
真っ赤なコートを着た赤ずきんちゃんを抱いて佇む、容姿端麗な少年の後ろ姿が、ぎょっとする俺の視界に入っていた。
「まっ……待ってくれ!」
ウェーブしたこげ茶色の長髪を一本結びにした小学生くらいの美少年が、赤ずきんちゃんを抱いて今にもどこかへ姿を消してしまいそうな気がして、俺は慌てて待ったをかける。
「きみは一体……彼女を、どうする気だい?」
赤ずきんちゃんをお姫様だっこする少年がゆっくりと振り向き、その問いに応じる。
「お前は、禁じられた術を使用した。時の神との約束を破った罪は重い。彼女の
表情からも読み取れるほどに
頭から目も覚めるほどの冷水をぶっかけられたような、全身から血の気が引くのを感じながらも冷静に尋ねた。
「まさかきみ……カイロス様……なのかい?」
「残念ながら、私は時の神ではない。が、クロノスとカイロスとは旧知の仲にある。
ゆえに、蘇生術のことも、それが禁じられていることも知っている」
冷ややかな少年の返答を受けて緊張が走った。時の神と旧知の仲と言うことは、この少年も何らかの神である可能性が高い。そう踏んだ俺は、慎重に口を開く。
「少年、きみは一体……」
「名乗るほどの者ではない。が……私は、お前より遙かに格上であることは事実だ」
厳格な表情をして、ポーカーフェースの俺を見据えながらも少年が、
「目の前で、大切な
禁断の術を使った俺の気持ちを
「うっ……!」
目がくらむほどの、強烈な金色の光が辺り一帯を照らす。思わず右腕で目元をカバーした俺はそのまま気を失った。
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