第32話 堕天の力
「脱出するにしても、結界に囲まれたこの場所からどうやってするんです?」
「瞬間移動ができないしな……結界に触れると木っ端微塵になっちゃうし……せめて、結界そのものをなくすことができれば……」
アスファルトの路上から立ち上がり、難しい表情をして考え込む俺が口にした『結界そのものをなくす』の言葉に彼女はぴんと来たらしい。
「私なら……それが、できるかもしれない」と、言い出したのだ。
「え?」
意表を突かれたような表情をしている俺の脇を通り、結界の
やがて、翳していた右手を下ろした彼女は、ゆっくりと前進。
張り詰める緊張感が辺りに漂う最中、三歩ほど進んだところで彼女は立ち止まる。
青白い電気が流れることもなく、
「結界が、解けたみたいですね」
振り向きざま、得意げな笑みを浮かべて、彼女はそう言った。その言葉を確かめるべく、緊張の面持ちで歩み寄り、彼女の左隣で立ち止まると、俺はたちまち面食らう。
「す、スゲー……」
結界が張られていた辺りを通過しても、身体に何も起きなかったことにちょっとした感動を覚えた俺は、
「きみ、一体どんな力を使ったんだい?」
「使い方によって変化する、特殊能力を使ったんです」
「使い方によって変化する……?」
そのことを不審に思い、考えを巡らせていた俺ははっとした。
「その特殊能力ってまさか……
俺が不意に見せた、その鋭い感覚に彼女はどきりとした。
なっ……! なんで分かったのよ、この人……!
そんな、自身の心の声が表情から読み取れるほどに、彼女は動揺していた。
今までのやり取りを見ている彼女からしてみれば、俺が祠の管理人さんの仲間に見えるだろう。実際はそうでないがそれを想定してか、彼女は平静を装い、とぼけてみせる。
「堕天の力……って?」
「使い方によって変化する、万能の特殊能力だよ。堕天の力は、堕天使にしか扱えない力なんだ」
「そう言えばさっき……ここにいた管理人さんに、祠に侵入してしまったって、あなたは言っていたけれど……」
「ああ、あれね……実は俺、この町に来たのは今日が初めてで……あちこち散策している内に日本家屋の、大きな屋敷を見つけて、興味本位で屋敷の中に入ったんだよ。
そしたら、地下室へと通じる階段を見つけて……堕天使が封じられている祠が現世にあるのは知っていたけれど、まさかあの屋敷の地下室がそうなっていたのは知らなかったよ」
いま思えば、話をぼかしてはいるものの、この時はまだ何も知らなかった相手に、なんの警戒心もなくぺらぺら
「俺が祠に行った時には堕天使の像が消えていて……誰かが、封印を解いた後だってのは、
聞くところによると堕天使は根っからの悪で、利用価値がないと判断した人間の命を奪うと言う……取り返しのつかない事態になる前に堕天使と、その封印を解いた人物を捜し出さないと」
そこまで喋ってから、俺ははっとした。今のはさすがに喋りすぎた。面前で話を聞く彼女に関係のないことまでぺらぺらと……
しまったと言う顔つきで、恐る恐る彼女の方に顔を向けた俺は思わず、息を呑む。
「本当……なの?」
フードを目深に被ったまま、恐怖で声を震わせながらも彼女は、面前にいる俺に問いかける。
「今の話……堕天使が、利用価値がないと判断した人間の命を奪うって……」
真っ赤なロングコートを着て、フードを目深に被る彼女の様子が、今までと明らかに違っている。その異変に気付いた俺が、真剣な面持ちで口を開きかけた、その時。
「本当だよ」
俺よりも早く返答した若い男が、彼女の耳元で甘く囁いた。耳に掛かるくらいの、
「この青年の言う通り、私は根っからの悪だ。そして利用価値がないと判断した人間の命を奪う。このようにね」
声は甘く、冷酷な雰囲気を漂わせて青年がそう告げた、次の瞬間。
ドクンッ
彼女の心臓が大きく鼓動をしたのを最後に、動かなくなった。背後から抱きしめる青年の腕を掴んでいた彼女の手が滑り落ち、両腕がだらんとする。
「感謝するよ。ついさっきまでここにいた祠の管理人が張って行った結界に阻まれて、君に近付くことができなかったのだから」
意地悪な笑みが浮かぶ冷めた表情をして、青年は彼女にそう言った。意識を失った彼女には、その言葉が届かないのを知っていながら。
「おい、お前……」
悲惨な光景を目の当たりにし、言葉にならないショックから怒りへと変わった時、俺は爪が手の平に食い込むほどきつく指を折り曲げて感情を押し殺しながらも、口を開く。
「彼女に……何をした?」
ギロリと殺気に満ちた形相で相手を睨め付ける。意識を失った彼女を抱いたまま、銀鼠色の髪をした相手が冷ややかな笑みを浮かべて返答。
「堕天の力を使って、心臓を麻痺させた。もう二度と、彼女は目を覚まさない」
相手がそう言い終わるか終わらない、絶妙なタイミングで相手に急接近し、真っ赤なコートの
感情を押し殺し、怒りで身体を震わせながら耐えてきたが、もう我慢の限界だ。目に見えない強い力を受けて、一瞬のうちにぶっ飛ばされた相手がしたことは断じて容認できない、残忍な犯行だった。
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