第31話 ボケとツッコミ

 慎重に言葉を選びながらの、祠の管理人さんからの返答は、間に入り、人助けをした女に釘を刺しているようで、本格的に本人を動揺させていた。

「さっき、ここであの美少年と対峙していた時のことだ。微かだが、誰かが祠に侵入する気配を感じた。まさか……君じゃないだろうな?」

 不審そうに女を凝視する祠の管理人さんの目が、ますます鋭さを帯びる。明らかに、彼女を疑っている。目深に被るフード越しから男の様子を窺う女は、返答しなかった。


 このままでは、彼女が危ない。そう思った俺は、神力しんりょくで以て現世の人間に変身すると、電柱から離れて歩き出す。

「そのことに関しましては……」

 ファー付のフードを目深に被り、白いパンツにダッフルコートを着込んだ青年に変身する俺が、気取った足取りで悠々ゆうゆうと彼女の脇を通り過ぎ、祠の管理人さんの前に進み出る。

「申し訳ございません。当方、たまたま祠を見つけて、興味本位から事情も知らずに侵入してしまいました。あなたが僅かな気配を感じ取ったのはきっと、その時のものでしょう」

 適当にそう言って、彼女から注意をそらした俺は、対面する祠の管理人さんの目をまっすぐに見据えながらもこう問いかけた。

「理由はどうであれ、あなたが管理をする祠に、無断で足を踏み入れてしまった……この私も、重罪人になってしまうのでしょうか?」と。


「祠の中を、荒らしていれば……な」

 そう、祠の管理人さんは素っ気なく返答すると、おもむろに身体の向きを変える。

「どちらへ行かれるのです?」

「今から祠へ行って、確かめて来る。すぐ戻って来るから、絶対にここを動くなよ」

 気取るように問いかけた青年を見遣みやりながらも、祠の管理人さんは返答すると鋭い口調で釘を刺し、宙を飛んだ。

「承知しました。気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 地を強く蹴り、身体を浮かせてそのまま飛び去って行った祠の管理人さんに俺は返事をした。まるで、大きな屋敷に住む大富豪の主人に忠実な執事のように、丁寧に頭を下げて。


「さて、鬼よりも怖い存在がいなくなったところで……逃げるぞ」

 祠の管理人さんがいなくなったのを見計らい、俺はそう言って彼女を促した。

 ファー付のフードを脱いだ俺はいま、ストレートショートの黒髪と目をしていて、言い方も今までとは打って変わっている。現世の人間に変身したがゆえに見た目は違うが、これが本来の俺……つまりは『素』の状態の俺なのだ。

 そんな俺がいきなり態度を変えたものだから、面前にいる彼女はさぞ戸惑ったことだろう。だが戸惑いながらも彼女は、フードを被ったまま尋ねたのである。

「逃げるって……どうやって?」

「瞬間移動さ」


 気取った笑みを浮かべて返答した俺は、

「こうやってね」

 さりげなく彼女の手を取り、握手をする。気取った黒髪の青年の俺と握手をすることしばし、不審に思った彼女が第一声を放つ。

「……何も、起こらないじゃないですか」

「うん……そうだね」

 冷めた口調で告げた彼女に、愛想笑いを浮かべて俺は返事をする。

「本当は、握手をした瞬間に身体がふわって浮いて、あっという間に移動できちゃうんだけど……なんで、何も起こらないんだと思う?」

「そんなこと、私に聞かないでくださいよ」

 いきなり尋ねられ、彼女は困惑しながらも冷ややかに返答、この事態に心当たりがあるようで、前置きをした上で彼女は静かに予想を口にする。

「これはあくまで、私の勘……なんですけど。握手をしても、何も起こらないのは……さっきまでここにいた、祠の管理人さんの仕業かもしれませんね。たぶんですけど、私達を逃がさないように、結界で囲ったんじゃないでしょうか」


「管理人さんが、俺達を逃がさないようにするために結界を……?」

 彼女の予想に、あっけらかんとした俺は苦笑する。

「ないない。あの人に限って、そんなことする筈が……あるな」

 苦笑しながらも、彼女の予測を否定しようとした俺だったが、ふと我に返ったように真顔を浮かべて、

「試しに、こいつを投げてみるか」

 握手をしていた彼女から少し離れた道端みちばたで拾い上げた小石を、思い切り投げてみる。すると……

 誰もいない方へ、天に向かって投げた小石が、無色透明な壁に当たった瞬間、バリバリと青白い電気がほとばしった後、爆発音とともに端微塵ぱみじんになったではないか。


「ふーん……なるほどね」

 投げた小石がさらさらの砂となってアスファルトの路上に落ちきった時、そのさまを見届けた俺はフッと気取った笑みを浮かべて彼女の方に身体を向けると口を開く。

「どうやら、きみの予想は当たっていたようだ。あの人は初めから、俺達を逃がす気なんてなかったのさ」

 なげかわしい表情をしてそう述べた俺……いや、黒髪の青年はやっぱり気取っていた。本当に、心から嘆いているのか疑問を抱かせるほどに、やけに落ち着いているかのようにさえ見えていた。


「だったらさぁ……」

 愚痴ぐちっぽく口を開いた俺がこの後に見せる言動は、気取っていてやけに落ち着いて見えていたのはやっぱり見せかけだったのだと証明するものである。

「なんで『絶対にここを動くなよ』なんて言ったんだよあの人! そんなこと言われたら逃げろの前フリだって思うじゃん!」

「前フリって思ったんだ?!」

 態度が豹変ひょうへんしたことにびっくしりして、すかさずつっこみを入れた彼女にお構いなしで、俺は怒り狂ったようにまくし立てる。

「悪事を働いたかもしれない俺達を逃がしてくれるなんて、いい人だなって思っちゃったよ! でも本当は微塵みじんもそんな気なくて、なんならここから動いた瞬間、結界に当たって木っ端微塵になりますけど? 的な仕打ちまでしやがって……」


 膝から崩れ落ち、地面を叩いてめちゃくちゃに悔しがりながらも、

「なんだよ畜生チクショウ……ここから動いたら、あの小石みたいになるから……だから絶対にここを動くなって……わざわざ釘を刺して行くなんて……あの人、実はめちゃくちゃいい人じゃんかぁ……」

 俺は、四つんいになって悔しさを滲ませると、相手を気遣う祠の管理人さんに心を打たれて涙に震えた。

「そこは感動するんだ? 管理人さん、実はめちゃいい人で良かったですね」

 だんだん、黒髪の青年に変身をしている俺に慣れてきた彼女が、無のオーラを纏い淡々と同情する。

「祠の管理人さんがいい人だからこそ、俺達はここから脱出せねばならない!」

「いやもう全然ワケ分かんないから」

 俯いていた顔をぱっと上げて、謎の使命感に燃える俺に彼女はそう、冷静沈着につっこみを入れたのだった。

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