第30話 重罪人

 アスファルトで塗装された、見通しのいい田圃道のどまんなかで、若い男一人と、気を失う三人の子供達を背に、結界越しに佇む美少年が対峙している。その場面に出くわした俺は、近くに聳える電柱に身を隠すと、そこから成り行きを見守った。

「このままじゃ、ラチがあかねェな……」

 三つ編みに結わいた紫紺の長髪、紅蓮の焔を身に纏っているかのような、真っ赤な着物と指貫さしぬきと呼ばれる、裾が絞れた袴姿の男は静かに呟くと、

「あまり、時間はかけたくない……そろそろ、決着をつけさせてもらうぜ」

 そう言って、右手に携えた剣を一振りし、刃となった青紫色の光線を撃つ。

 殺伐さつばつとした、冷ややかな雰囲気を纏い、男が放った一撃で、美少年が張る結界が打ち砕かれた、次の瞬間。れたリンゴのように真っ赤なロングコートを着た人物が一人、構えた剣で以て、美少年を切り裂こうとした青紫色の光の刃を受け止めた。


 フードを目深に被ったその人は、両手で野球のバットを持つ容量で銀色の剣の柄を握り、力いっぱいスイング。青紫色の光の刃を、それを撃った相手めがけて撃ち返す。

「なかなかやるな」

 そう、ほんの少し身体を動かして、飛来してくる光の刃を回避しながら、冷めた笑みを浮かべて男が感心の声をもらした。

「ここは、私が引き受けます。早く、子供達を安全な場所へ!」

 目深に被ったフードと真っ赤なコートで正体を隠した女が、美少年を背にしたまま、凜然と促した。

「すまない……恩に着る」

 颯爽と駆け付けた女に危ういところを助けられ、冷静沈着に礼を述べると少年は、少女をまんなかにして道路に倒れる三人の子供達とともに姿を消した。


 目標を失い、しばらくの間、耕された広大な田圃の上を飛来していたが、やがて青紫色の刃が音もなく消えた頃。男女二人が、無言で対峙することしばし、冷めた笑みを浮かべる若い男が沈黙を破り、気取った口調で尋ねた。

「君、あの美少年と知り合いかい?」

 その問いに、女は凜然と返答。

「いいえ、まったく面識はないわ」

 女からの返答を受けて、男がに落ちない表情をする。

「ならなんで、手を出したんだ?」

「さぁ、なんでかしらね……私にも、よく分からないわ。ただ……」

 険しい表情をして尋ねた男に、クールな大人を装い返答した女はそこで区切り、

「目元がきりっとしたあの少年が、あまりにも美しかったから……絶体絶命のピンチを救いたいって、思ったの。だって私……この町で一位二位を争うくらい美少年、大好きだから」

 顔の角度をやや左側にそらし、大人の色気を出して恥じらいながらもそう言うと、言葉を締め括ったのだった。


 フードを目深に被り、真っ赤なロングコートを着た女から動機を聞き、男は真顔で即座につっこみを入れる。

「動機が単純な上に不純だな」

「わっ……悪かったわね!」

 男につっこまれて、少々痛手を負った女は恥じらいながらもそう、つんけんと返事をした。

「君のおかげで、重罪人を取り逃がしちまった……やつらと面識があるんだったら、君をえさにおびき寄せることもできたが……面識がないんじゃな。さぁて、この落とし前……どうつけるか」


 なにこのひと、いまさらっと怖いこと言ったね?

 内心そう呟く女の声が、今にも聞こえて来そうだ。女にとってそれは、面前にいる男に対してうっすら恐怖を覚えた瞬間であり、聞き捨てならないことでもあった。だが、関わり合いになりたくないのでスルー。その時ふと、女は男のある言葉に引っかかった。

「重罪人……?」

「君が大好きな美少年の背後に、三人の中学生がいたろう? やつらはな……この町のどこかにある祠を探し当てたんだよ。遙か遠い昔……そこに封じられた堕天使を退治するためにな」

「堕天使を退治するくらいなら……重罪に当たらないんじゃ……」

「君の言う通り、堕天使を退治するだけなら、重罪に当たらない。が、問題はそのやり方だ。やつらときたら……魔法と精霊せいれいの力で堕天使そのものを消し去り、無にかえそうとしたんだ。それも、堕天使を封じたまま……めちゃくちゃだと思わないか? そんなことをしてもし、堕天使の封印が解けてしまったらどうするつもりだったんだか……」


 しばし、銀色の剣を右手に携えたまま、女は耳を澄ませていた。そうして、あの祠を訪れた人物が、自分自身の他にも存在していた事実を知ったのである。そのことに少し動揺した女は平静を装い、男の話に耳を澄ませ続けた。

「普通の子供だと思って油断したぜ……まさか本当に、精霊王せいれいおうと契約する魔法使いが、現世に存在するなんて……な。

 あらかじめ、その情報を把握していた俺は、他県からこの町にやって来たやつらと接触し、祠に来た目的と理由を問い質したところ、いま言った答えが返ってきた。

 俺は、堕天使が封じられている祠を管理している。立場上、看過かんかすることはできなかった。祠の中で交戦するわけにも行かず、ここまでやつらを誘い出したのさ」


「祠を……管理しているんですか?」

 血相を変えた女の問いをきっかけに、男の目つきが鋭くなった。女にとっては、予期せぬ新事実である。動揺しているようにも取れる女の反応を、面前にいる男は不審に思ったかもしれない。男が静かに返答する。

「ああ、そうだ」

「でも、町の噂じゃ……先祖代々続く、強大な霊力れいりょくを持つ退治屋としても知られるこの町の長者が、先祖が封じた堕天使が再びこの地に復活することがないよう、祠の上に屋敷を建てて監視をしていたと……」

「その通りだ。が、今から十年前にこの町の長者が病死したことで、強大な霊力を持つ、由緒ある退治屋家業が絶たれてしまった。

 俺は、長者の跡を継いで、祠の管理をしている。堕天使の封印が解けてしまうと、堕天使が保有する強大な力が暴発し、地球が消滅しかねない。

 祠の管理人として堕天使を監視する役目と、全人類の命、そしてこの地球の命が俺の肩にかかっている。最悪の事態を避けるためにも、堕天使の封印は解いてはならないんだ。なにがなんでも、絶対にな」

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