Ⅲ. 過去と未来が交差する場所 そして新たなる戦いへ

第28話 噴水

 赤園まりんちゃんが、総裁のカシン様を通して死神結社と和解した、数日後。

 美舘山町の外れに位置する廃墟ビルの屋上へとやって来たシロヤマは、そこで待ち受けていた相手と対面した。

「これは珍しい……昼間でも薄気味悪いこの場所にそぐわない美女と遭遇するとは……」

「あら、嬉しいこと、言ってくれるじゃない」

 ブラックスーツのパンツのポケットに手をつっこんでかっこつけながらも対面するシロヤマに、背を向けていた美女が気取るような笑みを浮かべて振り向いた。


「俺に、何か用かい?」

「説教をするために、ここであなたが来るのを待っていたの」

「俺に説教……?」

「そうよ。今から数日前……まさにこの屋上で死神結社との戦闘が勃発した時……あなた、消滅覚悟でまりんちゃんに突進したでしょう?」

「ああ……アレね……」

 余裕のある雰囲気漂う美女に痛い所を突かれ、気まずい表情をしたシロヤマは曖昧あいまいに返答。

「結局、消滅せずに生き延びちゃったけれど……」

「そうしてもらえて、正直ほっとしているの。もしも、あなたが本当に消滅してしまったら……この世界にいる、も消えてしまうから。それだけは、避けたかったのよ。絶対にね」


「……まるで、この世界に、俺が二人もいるような言い方だな」

「……そうね。それを知った時は、さすがに驚いたわ。まさか本当に、こんなことが起きるんだ……て」

 不意に、真顔になった美女は改まった口調で、面前に佇むシロヤマを問いただす。

「そろそろ、教えてちょうだい。過去と未来……あなたは、どっちの人間なの? 時を超えて現世に来た目的は何?」

 鋭い美女の問いかけに、口を真一文字に結ぶシロヤマはにやりとした。

「その前に……そっちの正体も明かしたらどうだ? もう一人の俺……ガクト・シロヤマさんよ」

「フッ……」

 何もかも見透かしたように笑みを浮かべながらも、鋭く睨め付けるシロヤマの面前にいたはずの美女の姿はなく、瞬時に元の姿に戻った青年が姿を見せる。

「その通り。俺は、現在のガクト・シロヤマ……きみ自身だ。この姿のままだとややこしいから、わざわざ正体を隠していたのに……どこで気付いたんだい?」


 本当に見分けがつかないほど、まったく同じ格好をして、気取った笑みを浮かべながら尋ねる青年に、シロヤマは真顔で返答。

「数日前……今までここにいた彼女が、この屋上で死神にまつわる話をした時に、ぴんと来たんだ。言葉や仕草は違っていても、ふとした瞬間に出るくせや、考え方は俺とまったく一緒だった。それに……俺が死んだことは知っていても、死神になったことまでは、彼女は知らない。俺以外の死神が彼女に化けていたとしても、あそこまでそっくりに演じきれないだろう。いつも、身近な存在の家族じゃない限りはな」

「……そうだったな。実の家族だったのに、そのことをすっかり忘れていたよ」

 気取るように降参した青年は、

「それで? きみは過去と未来、どっちの人間なのかな?」

 冷静沈着な雰囲気を漂わせて、もう一人の自分自身に尋ねた。

「俺は、過去の人間だよ。それも、十年前の……知人関係にある、シスター清華せいかが管理をする聖堂の噴水を使って、十年後の現世まで時を越えてきたんだ。あることを、するためにな」

 シロヤマはそのように返答すると、自身が時を超えた、その経緯を語った。


***


 日本海側の、海沿いに面した新森にいもり県新森市。市内にある、海山町うみやまちょうと言う名の小さな町に、その人は住んでいた。

 海山町は新森市内の中でも一番人口が少ない、片田舎である。そんな町に構える、敷地面積も広い日本家屋の周辺には民家が一軒も建っていない。町外れに凛と佇む長者屋敷は、人ならざる者を寄せ付けない、強力な結界に覆われていた。

 むろん、死神の俺自身も人ならざる者に分類されるが、悪事を働かない『善良な神様』として特別に結界の中を往来できるようになっていた。

 初対面の時から、長者は俺の正体を見抜いていた。ゆえに、自身が死んだらその魂を回収してくれと懇願こんがんして来たのである。長者は、俺の手で再び人間へと転生することを望んだのだ。ならば、その望みを叶えてやろうと、最期さいご看取みとった俺は、大鎌でもって、魂を回収した。長者が再び、人間へと転生できることを願って。


 江戸時代から続く、由緒ゆいしょある長者屋敷の主人が病死した翌日。俺は東京湾に面する都会、縦浜たてはま市内にある聖堂の中庭、白色の煉瓦れんがで造られた噴水の前に佇んでいた。

 清々しい青空をバックに、ブラックスーツにネクタイと、まるで葬儀場の参列者のような格好をした俺の姿が水面に映っている。今から、この噴水の中に飛び込むのだ。


 この聖堂を管理するシスター清華とは随分ずいぶんと前に知り合い、聖堂にまつわる話をよく聞いていた。その中でも、自分が行きたい場所を念じて飛び込むと、たちまちそこへ連れて行ってくれる、まるでタイムマシーンのような噴水の話はとても興味深かった。

 海山町の長者から、祠に封じられている堕天使に纏わる噂を聞き、それを調査すべく、噴水の中に飛び込むことを考えつく。行き先は……今から十年後の未来だ。長者が逝去せいきょしたばかりの現状ではもろもろのガードが固くてとても、屋敷の地下室を開けることが難しい。十年も経てばガードも緩くなり、地下室へと行きやすくなると俺は踏んだのだ。


 とは言え、噴水を使って時を越えるのが、これが初めてである。シスター清華の話によると、自分が行きたい場所を、頭でしっかりイメージして念じないと思いも寄らない場所へ不時着してしまうらしい。そして二度と、元の世界に戻れなくなると言うのだ。

 そう言った事情を踏まえて、きちんと目的地に着くように念じなければならないのだが、この時の俺は妙に緊張をしていて、ついつい余計な事ばかりを考えてしまう。

 そこで思いついたのが、十年後の未来でかわいい女の子を見つけて恋を実らせよう……と言う、よこしま目論もくろみだった。

 それもまた余計な事なのだが、俄然がぜん、気合いが入った俺は意を決すると噴水の中に飛び込んだのである。

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