第17話 白羽の矢

 紅蓮の炎でかたどられた朱雀と不死鳥が、威嚇いかくの鳴き声をあげて激突。壮大に火花を散らす。

 攻防する二つの力を挟み、依然として対峙するまりんちゃんとシロヤマに動きはない。二人とも、面前のものを動かすのに集中しているからだ。

 一方、セバスチャンさんと対戦する細谷くんに動きがあった。どんなに槍を駆使して攻撃してもサーベルをたくみに操り、セバスチャンさんはそれを阻止してしまう。まりんちゃんからの『借り物の力』を使っても、細谷くんがセバスチャンさんに勝てないのは明白だ。

 セバスチャンさんとの対戦において、それを思い知った細谷くんは戦術を変えた。

 穿いているジーンズのポケットから取り出した、小型の煙幕弾えんまくだんを鉄筋コンクリートの床に叩きつける。カッと金属が破裂する音がしたかと思うと、たちまち灰色の煙幕が立ち込めた。何かあった時のためにと、普段から持ち歩いているものが役に立った瞬間である。


 完璧なように見えるセバスチャンさんでも、これは迂闊うかつだったに違いない。珍しく見せたセバスチャンさんの、ほんの一瞬の隙をつき、思い切り床を蹴って宙を飛んだ細谷くんは上空に張られている、球体状の金色の結界の中に飛び込んだ。

 まるで、細谷くんが結界の中に飛び込んで来るのを予測していたかのような口振りで、老剣士が静かに呟いた。

「やっぱり、来やがったか」

「セバスチャンと対戦中……蒼司様と、あんたの姿が目に入ってな。迷惑承知でここに来た」

 腕組みしながら仁王立ちをする老剣士と背中合わせになりながら、仏頂面を浮かべて細谷くんはそう、素っ気なく返事をするのだった。


「うっ……」

 負傷した左肩がうずき、無意識に右手で押さえた細谷くんは小さく呻いた。

「……怪我してんのか」

「別に、大した怪我じゃない」

「なら……いいがな」

 声のトーンを変えずに返事をした細谷くんを、怪訝そうに見遣みやる老剣士がぽつりと呟き、尋ねる。

「んで、セバスチャンとの決着ケリはついたのか?」

 決して振り向かず、しわがれ声で尋ねた老剣士に鋭さを感じ、細谷くんは俯き加減で小さく返事をした。

「……まだだ」

 想定内の返事を聞き、にやりとした老剣士が呟く。

「そんなこったろうと思ったぜ」

「しょうがないだろう。今の俺じゃ、力不足なんだからよ」

力不足それを実感して、こっちに避難してくるたァ、お前さんにしては賢明な判断じゃねェか」

 この老剣士、見た目はいかついが、相手のことを思う優しさを兼ね備えている。

「あんたが張る結界の中が一番、安心だからな」

 静かに返事をした細谷くんはそれ以降、口を閉ざした。

 一時休戦モードに入った細谷くんは、何を考えているのか分らないシロヤマをいぶかりながらも、今はこれていいんだと自身に言い聞かせ、焦る気持ちを抑えると平常心を保ち、ただ時が来るのを待った。


 強靭きょうじんな体付きの老剣士が見据えるその先に、凜然と佇む死神総裁カシン様の姿があった。

 老剣士は金色の結界を、カシン様は銀色の結界を張り、双方身を護りながら空中で対峙している。その脚下では、真っ赤なコートにフードを被る赤園まりんちゃんのを狙う死神しにがみと、それを阻止するまりんちゃん自身の攻防戦が繰り広げられていた。

「いい加減、諦めたらどうだい?」

「イヤよ!」

 フンッと意地悪な笑みを浮かべて降参を勧めるシロヤマに、まりんちゃんは憤然と拒否。

「そっちこそ、諦めたら?」

「そんなのお断りだね」

 素っ気なく勧めたまりんちゃんに、シロヤマはポーカーフェースで断った。

 こうして読むと余裕のある会話だが、もっか対戦中の朱雀と不死鳥の、紅蓮の炎の暑さと気力の消耗とで、まりんちゃんとシロヤマの二人には余裕などない。


 そんな最中、まりんちゃんはシロヤマを止める方法はないものかと思案する。が、考えたいのに頭がちっとも働かない。それもその筈だ。辛うじて残る気力と集中力とで分身となり、対戦する紅蓮の炎を支え、操ることで精一杯せいいっぱい。そんな状況で、虫のいいことが起きることもなければ、そんな方法など見つかる筈もないのだから。

 そして、己の限界を悟ったまりんちゃんは、最後の力を振り絞り、操っていた朱雀を凍らせた。爪先から頭のてっぺんにかけて分厚い氷の中に閉じ込めた紅蓮の炎の朱雀にひびが入り、バリンと音を立てて破砕はさい

 そろそろだな……

 シロヤマがタイミングを見計らい、紅蓮の炎に向かって魔力を放つ。シロヤマが操っていた紅蓮の炎の不死鳥も分厚い氷の中に閉じ込められ、朱雀と同じ運命を辿った。


 だらりとした、まりんちゃんの右手に握られた銀の剣が音もなく消えた。再び静寂せいじゃくした屋上で、すべての力が尽きたまりんちゃんの身体からだがぐらりと傾く。それを見逃さなかったシロヤマが大鎌を手に突進。間髪入れず、倒れかけたまりんちゃんの身体を、駆け寄った村雨蒼司氏が後ろから支えて瞬時に結界を張る。ついに目と鼻の先まで迫ったシロヤマが、大鎌を振り上げた、次の瞬間。


 ドスッ


 駆け寄った村雨蒼司氏が、倒れかけたまりんちゃんを抱いて低い姿勢になったその一瞬、どこからともなく飛来した一本の矢が、シロヤマに命中。左胸に白羽の矢が刺さり、振り上げた大鎌が手から滑り落ちる音が屋上に響く。ガクッと、膝から崩れ落ちたシロヤマは、そのまま横向けに倒れて動かなくなった。

「シロ……ヤマ……?」

 驚くあまり、頭が真っ白になったまりんちゃんは消え入るような声で問いかけた。が、屋上の床に倒れたきり、シロヤマは返事をしない。後ろからそっと肩を抱き、支える村雨蒼司氏の腕の中で、身体からだを震わすまりんちゃんの頭が混乱し始めた。

「……おかしいよ。死神って……不死身なんじゃないの? なのになんで……動かないの?」

「まりん……落ち着いて、私の話を聞いてくれ」

 しっかりと身体を支えながらまりんちゃんを宥めると、村雨蒼司氏は静かに話を切り出す。

「そなたの言う通り、死神は不死身だ。しかし……そんな死神にも弱点がある。死封しふうの力と呼ばれる、死神にとっては致命的な弱点となる力だ。

 もしも、ここに飛来してきた矢に、死封の力が含まれていた場合……それを食らったシロヤマはもう……助からない」

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