第16話 勝負②
青江神社の最高神……ってことは、そこの神様ってことだよな? 立場的には死神の俺と同等か、それ以上……なら、言動は
村雨蒼司と名乗る、青江神社の最高神を警戒しながらもシロヤマは、
「俺の名は、ガクト・シロヤマ……冥界に宮殿を構える、結社に属する死神です。青江神社の最高神であるあなたにお目にかかれて光栄ですよ。審査員と言う大役をあなたに任せるのは恐れ入りますが……
気取るような笑みを浮かべ、改まった口調で返事をすると丁寧に頭を下げたのだった。
「二人とも、準備は良いか?」
そう、審査員を務める村雨蒼司氏が真顔で促す。濃紺の、作業用のエプロンを身につけ、シロヤマとまりんちゃんの二人は緊張の面持ちで頷いた。
「始め!」
村雨蒼司氏の、鋭い掛け声で勝負の幕が上がった。まずはテーブルの上に置かれた花器をそれぞれ選び、水をたっぷり含んだオアシス((注1……オアシスとは、給水スポンジの商品名で、フラワーアレンジメントでは必須材料)をセット。
オアシスに、レザーファンやレモンリーフなどのグリーンを
作品が完成するまでの間、シロヤマもまりんちゃんも真剣そのもので、黙々と作業に取り掛かる。
オアシスに切り花を挿しながら、シロヤマはまりんちゃんの方に視線を向けた。
二台の丸テーブルを挟んで向こう側にいるまりんちゃんが、とても楽しそうな顔をしている。心から花を愛し、その職に就きたいとまりんちゃんの表情から読み取れるほどに。
まだ、勝負はついていないが……結果次第では、俺はまりんちゃんの魂を回収しなければならない。本当はそんなことしたくないし、今だってそう思っている。だからこそ、細谷くんに、最後の望みを託したんだ。
決意と覚悟を胸に、シロヤマはオアシスに目を落とすと、専用のハサミで以て斜めに茎を切り、慣れた手つきで花を挿し、作品作りに没頭するのだった。
まず最初に作品を作り終えたまりんちゃんが、丸テーブルへと向かい、作品を飾る。最後に作り終えた作品を、シロヤマは余裕の表情で丸テーブルに飾った。
「ねぇ、シロヤマ……」
白色の、シルクのテーブルクロスが掛かる丸テーブルに作品を飾りながら、まりんちゃんが出し抜けに話しかけた。
「私ね……小さな頃から花を育てたり、花瓶にいけて花を飾るのが、とっても好きなの。だから、最後にフラワーアレンジができて本当に良かった。たとえ、この勝負に私が負けたとしても、あなたに命を
そう言って、まりんちゃんは笑顔で礼を述べる。隣で丸テーブルを飾り付けていたシロヤマは目を瞠った。そして満面の笑顔を浮かべるまりんちゃんを、穴の空くほど見詰めたのである。
「そこまで!」
村雨蒼司氏の、鋭い掛け声がした。フラワーアレンジメント勝負の終了である。
ほどなくして、村雨蒼司氏による審査が始まった。
アイビーを絡ませた、三段のアンティークなスタンドに赤や黄色、オレンジにピンクと、色鮮やかなガーベラを主役にした小さな花器が並び、ガーベラと同じ色のミニバラ、カスミソウ、グリーンなどの材料で以て、おしゃれに仕上げたティーカップ二つがスタントのそばに置かれている。まりんちゃんの作品は、かわいくも華やかな、女子会の雰囲気漂うアフタヌーンティーを演出していた。
次に、シロヤマの作品は……縦に細長い、メルヘンチックなオブジェと一体化した花器に赤や黄色などのバラを主役にした作品で、童話に出てくる赤ずきんちゃんと狼が追いかけっこをしている姿や、猟銃で以て、狼を狙う狩人など、小さな陶器でできたそれらを花器に飾り、物語を
スプレーカーネーションなどを使用して、お皿に盛り付けられた料理に見立てたフラワーアレンジメントに銀のカトラリーが並び、まるで上品な大人の雰囲気漂う、三つ星レストランでいただくディナーのような演出だ。
「色鮮やかなガーベラとバラをフォーカルポイント((注2……フォーカルポイントとは、フワラーアレンジメントで中心部にいける主役の花のこと。バラやユリ、ガーベラなど大きな花をフォーカルポイントにすることで見る人の視線が集まり、見栄えが良くなる)にすることで、それぞれ違った華やかさが出ている。
しばし、両方のフラワーアレンジメント作品を見比べていた村雨蒼司氏は、
「……結果を言い渡す。この勝負……両者引き分けとする」
悩み、考えた末、村雨蒼司氏は
両者引き分けの審査結果に、シロヤマは内心、ほっと安堵した。こんなところで勝負がついてしまうと、シロヤマにとって、大変不利的状況に陥ってしまう。それが阻止できただけも充分である。
「ごめんなさいね。私まだまだ、あなたに命を差し出す気がないみたい」
「そうかい……こっちも、ようやく指令が遂行できると思っていただけに、ちょっと残念だよ」
わざとらしく詫びたまりんちゃんに対し、気取るような笑みを浮かべて返事をしたシロヤマは、
「今度は、俺からまりんちゃんに
俺は生前、魔力と言う名の、特殊能力の使い手だった。そしてその力は、かつての名残として今でも使える状況だ。確かきみも、とある特殊能力の使い手だったよね。それなら、俺に見せてくれないかな? その力を使ったきみの、本気ってやつを」
堕天の力の事を口に出さないようにしながらも、まりんちゃんを挑発する。
「……いいわ。シロヤマからの決闘に、受けて立とうじゃない」
まりんちゃんはそう言って、シロヤマの挑発に乗った。その顔には、覚悟と決意が現れていた。
シロヤマから充分に距離を取り、腹を決めたまりんちゃんの右隣に、四神の一つである
「さっきまでは、大人しく言うことを聞こうと思っていたけれど……私自身の本心を知った今、考えが変わったわ。本気で、あなたの
面前にいるシロヤマを凜然と見据えながらも、まりんちゃんはそう断言した。
「そうこなくちゃ……」
巨大な不死鳥の形をした紅蓮の炎が、にやりとしたシロヤマの左隣に浮かび上がり、威勢を放つ。
「行くぜ!」
シロヤマが発した掛け声がゴングとなり、命懸けの熱き攻防戦が幕を開けた。
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