第15話 勝負①

 いきなり、頭から冷水を浴びせられたような感覚が、シロヤマをはっとさせた。

 セバスチャンさんが氷のように冷めた口調で問いかけたのを機に、シロヤマの頭上に漂う空気の流れが残酷に変わる。

「今のあなたには、先へ進む以外、選択肢はないのです。分かったら、早く赤ずきんののところへ行って下さい」

「けどっ……」

「もうこれ以上、死神総裁の肩書を持つあのお方は待ってくれないでしょう……君がぐずぐずしている間に先を越されても、文句は言えませんよ」

 セバスチャンさんは手厳しい。

「くっ……分かりましたよ!」

 威圧的なセバスチャンさんの脅しにひるみ、苦渋くじゅうを味わったシロヤマは渋々しぶしぶ応じた。

 立場上、セバスチャンさんには逆らえない。むろん、死神結社の長であるカシン様にもだ。

 俯き加減でゆっくりと歩き出したシロヤマは、睨みを利かすセバスチャンさんを背に、悔しさのあまり歯噛みしたのだった。



 畏縮いしゅくするような独特の雰囲気を漂わせ、シロヤマがこちらに向かって歩いて来る。

 シロヤマの目的は赤園まりんちゃんの魂を回収することだ。頭でそれを理解していながら、細谷くんは面前にまで迫るシロヤマに迎撃けいげきできずにいた。なぜなら、少しでも動けば殺す。と言う風に、眼光鋭く睨め付けるセバスチャンさんが殺気を放ちながらも、細谷くんにプレッシャーをかけていたからだ。

 シロヤマが、穿いているブラックスーツの、パンツのポケットに手をつっこんで、すたすたと細谷くんの脇を通り過ぎた、その一瞬。細谷くんは耳を疑った。

「待て! シロヤマッ……!」

 衝撃が走り、いま置かれている自分の立場を忘れて、振り向きざまに叫んだ細谷くんの顔が激痛にゆがむ。

「一瞬の隙が、命取りになる。加えて、敵に背中を向けるのは自殺行為に等しい……戦闘における基本中の基本を、あなたはまだ、習得しきれていないようですね」

「くっ……」

 冷酷なセバスチャンさんの不意打を食らい、負傷した左肩を右手で押さえながらも歯噛みした細谷くんは、セバスチャンさんを睨み付けるだけで返事はしなかった。

「健悟くん、あなたの相手は、この私です。大切な彼女を救出するのは、私をたおしてからになさい!」

 冷酷な雰囲気を漂わせ、右手に携えたサーベルを構えたセバスチャンさんがそう、油断した細谷くんに向かって啖呵たんかを切るのだった。


***


 いつもよりもちょっと早めの、夕飯の買い出しをするため、身支度を整えたまりんちゃんは、駅前のスーパーへ向けて家から出た。今から一時間ほど前のことである。

 もうあと二時間ほどで日没になる今にいたるまで、ある意味、貴重な体験をすることになろうとは、この時のまりんちゃんは夢にも思わなかっただろう。

 そして今、死神に屈しない、強い意志がなければ立っていられないほど、冷酷な雰囲気を漂わすカシン様と対峙している。鋼の勇気の鎧を身に纏い、武器となる銀の剣を右手に携え、まりんちゃんは突進した。

「……っ!」

 瞬間移動でもしたのだろうか。カシン様めがけ突進するまりんちゃんの行く手を遮る何者かが、忽然こつぜんと姿を現した。行く手を遮るその姿を目にし、思わず息を呑んだまりんちゃんの顔に衝撃が走る。

「ここから先は、一歩たりとも通さないよ」

 酷く冷たい顔をしたシロヤマがそう、立ち止ったまりんちゃんに言ったのだった。


 自宅から出た直後、私有地に侵入した何者かの気配を感じ、堕天の力で具現した赤いロングコートを着て、頭からすっぽりとフードを被ったまりんちゃんのもとに、一本の電話が入った。

『逃げろ。死神が赤園を狙っている』

 電話口に出たまりんちゃんに、細谷くんは開口一番、そう告げた。死神のシロヤマと出逢であったのは、細谷くんがあまりにもシリアスな口調で、まりんちゃんに危険を知らせた直後のことだった。

 その時はまだ、シロヤマを本当の死神と認識していなかった。分刻みで時が過ぎて行くうちに、シロヤマが本物の死神であることに気付くわけだが……

 こうして、廃墟ビルの屋上で対面するまりんちゃんが畏縮するほど、今のシロヤマには死神としての迫力があった。


「シロヤマ……どうして……」

「指令をまっとうするためだよ。きみには酷だけど……その、死神の名において、この俺が回収させてもらう」

 どすの利いたシロヤマの声に、青ざめたまりんちゃんの背筋が凍り付く。

「本気で……言っているの?」

「そうじゃなきゃ、面と向かって言わないよ」

 対立する男女二人の間に、殺伐とした空気が流れ込む。

「そう……あなたが、その気なら……」

 腹を決めたまりんちゃんはそう返事をすると、力を集中。白色の、シルクのテーブルクロスが掛かる二台の丸テーブルを中心に、長方形のテーブルが二台、まりんちゃんとシロヤマの面前に姿を現した。


「今から、テーブルの上にある花器や、水を張ったバケツの中にある切り花を使って、フラワーアレンジメントをしてもらうわ。テーマは自由……まんなかに並ぶ、シルクのテーブルクロスが掛かる丸テーブルをオシャレに装飾できた方が勝ち。使用できる材料は、テーブルの上に出ているものだけとする。

 私がこの勝負に負けたなら、死神のあなたに、おとなしく命を差し出すわ。それで、文句ないわね? シロヤマ」

「そうだね。その方法ならお互いが傷つかなくて済むし……いいよ。その勝負、受けて立つ!」

 自信と余裕のある笑みを浮かべてシロヤマはそう言うと、まりんちゃんからの勝負に挑む。普段から、現世の小さな花屋で働くシロヤマにとって、フラワーアレンジメントをするのはお茶の子さいさいである。


「勝負をするならば、それを判定する審査員が必要であろう?」

 不意に、屋上に姿を見せたその人が自ら審査を買って出る。

「他の者はみな、対戦相手がいて動けられない状況だ。私はこう見えて、花に関する知識と技術を心得ている。よって、自由に動けられるこの私が審査員を務める。異存はあるか?」

「いいえ。異存は、ありません」

「俺も、異存はありません。ですが……」

 勝負事をするには、それを審判する相手は確かに必要だ。今回は作り手のセンスが影響するフラワーアレンジメント勝負なので、勝敗を判定するのは審査員になる。

 冷静沈着な雰囲気を漂わせながらも、屋上に姿を見せたその人が審査員を務めることで、対戦者だけの勝負にならなかったのはいいが……

 腑に落ちない顔をするシロヤマは、いきなり現れたその人に尋ねた。

不躾ぶしつけながら……あなたは一体、何者なのでしょうか?」

「申し遅れた。私の名は、村雨蒼司むらさめあおし……青江神社の、最高神だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る